寒さが増してくる頃、私は震えながらバイクで琵琶湖湖畔のある場所に向かっていた。身を切るような寒い向かい風の中、わざわざ琵琶湖まで出かけるのは、ジャンボタニシことスクミリンゴガイという巻貝を捕獲するためだ。
ジャンボタニシは、もともとは食用として輸入、養殖されていたものだ。が、簡単に増やすことができてしかもデカイ!という家畜化されるべくして生まれてきたような特性と、養殖家たちの期待に反して、日本の食卓に普及することはついになかった。持て余されたジャンボタニシはそこらに打ち捨てられ、持ち前の繁殖力と「有機物ならなんでも食べる」とまで言われる図太さを活かして、日本中に分布を広げつつある。
「わざわざ食用に養殖までしたのに根付かなかったのだから、たいした味でないことは食べてみなくても予想がつく」
と言ってしまえばそれまでだが、高い生産性を持ちながら無視される味というのも気にならないことはない。はたして、どんな味なのか食べて試してみた。
ジャンボタニシ拾いへ
寒風を受けて顔面がぱりぱりになるほどバイクを運転してわざわざ遠くまで来たのにはわけがある。夏に同じ場所に遊びに来た折、どぎついピンク色をしたジャンボタニシの卵塊をいくつも見かけていたからだ。
そのときは、捕獲しても暑さで持ち帰るまでに腐ってしまうことが明らかだったから諦めたのだが、気温が低下したのを見計らいこうして出直してきたのである。
さて、見るからに毒々しい色をしたこの卵塊には、事実神経毒が含まれているらしい。つまり卵塊のピンク色はあからさまな警戒色なわけであるが、この目立つ色の卵塊のせいで容易に生息地を特定されてしまい、奇特な捕食者を呼び寄せてしまうことをいったいどのジャンボタニシが予想しただろうか。
葦がそこそこ茂っている割には、水辺にアクセスしやすい場所である。
ここで1回目の採集に失敗したときの話をしておきたい。実はこの数日前にも、同じ場所で採集を試みていたのである。そのときは罠を使ってジャンボタニシを一網打尽にしようとしていたのだが、これは失敗に終わっているのだ。
どのような罠なのか...それは、ダンボールを水に沈めたものである。嘘ではない。ジャンボタニシは柔らかい有機物が大好きなので、ダンボールを水に沈めてふやかしてやると、大喜びで食べに来るそうなんである。つくづく庶民的な貝だと感心するが、ここまで来るとジャンボタニシは馬鹿なんじゃないかと心配になる。
ゲームでバグ技の類を好んで使う人の心をくすぐりそうなこの罠なのだが、台風の襲来によってふやけたダンボールが千切れ流されてしまうというジャンボタニシもあきれるほどの大馬鹿なミスのせいで、真偽を確かめるまでもなく失敗に終わった。
中央に結びつけてあるのはこれまたジャンボタニシの好物である酒粕と小麦粉を練り合わせたものであり、ジャンボタニシ的にはデザートのつもりだった。流れ着いた先で喫食してくれていればいいのだが...。
家にあったダンボールを使いきってしまったため、罠を使うのは諦めて、台風によって浜辺に打ち上げられた大量の葦の中からジャンボタニシを拾い上げる作戦に変更した。
地面を見ながら波打ち際を歩いていると、実に様々なものが打ち上げられているのを見ることができる。写真は、忍者がマキビシとして使ったと言う菱の実である。菱の実はそこらじゅうに落ちていて、湖畔はまるで今しがた忍者が駆け抜けた場所のようになっておりたいへんおもしろい。
肝心のジャンボタニシは探し始めてものの数分で見つかった。罠なんていらんかったんや...。
ジャンボタニシは陸上でもかなり長期間生きられるらしいのだが、堆積物が窪んでできたわずかな湿り気スポットに目ざとくインしているあたり、さすがに水分が恋しいと見える。
こんな感じである。これだと、ジャンボタニシとしては小ぶりな方だ。
外敵や乾燥から身を守るために、固い蓋を閉じている。キュッと縮こまったようなしぐさがかわいらしい。このように、ジャンボタニシには水路などでみかけるとついつい拾い上げて愛でてみたくなる愛嬌があるのだが、広東住血線虫などの寄生虫をもっている場合もあるため、素手で触った後はよく手を洗うことが大事である。
これは大きいやつ。小ぶりのサザエくらいある。
20分くらいかけてこれだけ採れた。ジャンボタニシだけで腹が膨れるほどたくさんはいらないので、さらに捜索したい欲を断ち切って帰ることにする。
漂着したジャンボタニシや菱の実、その他もろもろの生き物たちを観察するのはとても楽しくて、湖畔を延々と歩いてしまいそうになるほどだ。ジャンボタニシを食べない人にもお勧めの遊びである。
しかしながら、私の体感的に、成人したホモサピエンスの7割くらいは毛が生えてモフモフしていて体温のあるもの以外の生き物にさしたる魅力を感じないようである。
そんな人は、同じ場所で撮影したヌートリアの親子の写真を見て少しでもこの水辺の魅力を感じていただければ幸いである。
泥を抜く
捕獲したジャンボタニシたちには、水道水の中で数日かけて体内のドロや消化物を吐き出してもらうことに。
これを見て欲しい。帰宅して水道水をいれたバケツにジャンボタニシを移し、数時間休憩してから覗いてみたものだ。すでにかなり水が濁っている。そのまま食べないでよかった...と安堵した。
細長い触覚が最高にあざとい!
萌えという言葉を耳にしなくなって久しいけれど、この天然アホ毛はまさしく萌え要素と言えるだろう。
調理する
塩水に入れる。
ジャンボタニシに言葉があったなら
「ん?なんだか苦しいかな?」
「んー、なんだかさっきまでと違うけれど、息ができなくはないね」
などと言い交わしているだろう。
沸騰させたところ。
「う、うわあああああああああ!」
「熱いよー!助けて...」
ジャンボタニシに言葉がなくてよかった。
寄生虫が怖いから15分くらいかけてしっかりと茹でる。
実を取り出すために爪楊枝をさしたところ。このまま居酒屋のお通しとして出てきても違和感が湧かなさそうである。
くるくると回しながら、実を千切らないように慎重に取り出したところ。何の変哲もない巻貝だ。
全て取り出した。ここからどうやって調理しようか。
食べてみる
まず一品目。
日本のジャンボタニシは台湾から輸入されたもの(※ただし原産地は南米)らしいので、ニンニクとタカノツメを加えて中華風の炒め物にしてみた。
食べてみる。
うん、至って普通の貝の味。同じ巻貝であるサザエほどの強い旨味や磯臭さは当然ないが、ぷりぷりとした良好な歯ごたえと、噛むほどに染み出る薄い旨味がある。内臓がドブ臭さかったらどうしようというところは心配だったけれど、そのような強烈な臭みもない。
だけどなんだろう...。
口で噛んでいるときはそうでもないのだけれど、飲み込んだ後にはなにスッと抜けるような、黴臭いような香りがある。
ニンニクの臭いやタカノツメの辛味が通り過ぎた後に一瞬だけ顔を出す、このサブリミナル効果のような黴臭さはどこから来るのだろう?注意しないとわかりにくいけれど、この不快臭はたしかに存在する。
少しずつ部位を分けて食べてみたところ、
犯人はこいつだ!
この赤っぽい色の器官が臭みのもとであることは疑いようがなかった。
パッと見たところは、アンコウの肝のような色と質感で美味しそうともいえるこの器官、こいつを単独で食べるとなんともいえない黴臭い味が口に広がるのだ。平々凡々な貝のフリをして、まさかこんな爆弾を抱えていたとは恐れ入ったものだ。
一品目は今ひとつの出来であった。
残りのジャンボタニシは、この教訓を活かして、内臓部分を取り払って調理するエスカルゴ風に料理してみた。茹でたジャンボタニシの筋肉の部分だけを切り取って殻の中に入れ、バターにニンニクやパセリを練りこんだもので蓋をして、オーブンで焼き上げる。
焼きあがった。
なんだかお洒落な見た目に仕上がった。
パンに載せていただく。
味は...悪くない。苦味のある内臓を丸ごと取り払ったせいで、良くも悪くも味はフラットになった。本物のエスカルゴを食べる機会は滅多にないのだけれど、ちょっと小洒落た店で「これ、エスカルゴです」と言って出されたら気づかずに食べてしまうだろう。
まとめ
臭いを放つ部位を特定した瞬間こそ、「へ!こんなもん普及しなくて当然だね!」と吐き捨てたくもなったが、エスカルゴのように内臓を除去して調理すればいたって普通の食味であることも確認できた。そもそも養殖したものにもこの臭みがあるのかどうかもわからない。
可もなく不可もない味ならなんで日本の食卓に普及しないんだということになるが、それについて考えた結果、
「日本に来るのが遅過ぎたのだろう」
という結論に至った。
ジャンボタニシが輸入されたのは、1980年代に入ってからである。貧しく食料の乏しい時代ならいざ知らず、美食バトルで親子の確執を表現する漫画の連載がスタートするほどの飽食の時代に「味はまあそこそこで、とにかく生産性が高い」ジャンボタニシが流行らなかったのは無理もない。あと30年早く来日していれば、あるいは鯨ベーコンくらいの立ち居地で細々と愛されたかもしれない。せっかくなので商品の投入時期を誤ったビジネスの失敗例として、ビジネス書などに載せてあげて欲しいと思う。
なお、最近なにかと話題の北朝鮮ではジャンボタニシの養殖を国策として進めているらしい。やはり「とにかく繁殖力に優れている」点が買われているのだとか。彼らが新天地で活躍することを祈るばかりである。
大きな貝の殻って昔からとっておいてしまう