「本当にたくさん生えてて、すごく面白いから!」
関東在住の友人から、富士山でキノコ狩りをしようという誘いが来たのは9月末のことである。聞けば、キノコスポットを教えてくれる案内人の当てもあるという。
長野でベニテングタケと感動的な出会いをしてから、ちょうど2年ほどたとうとしていた。久々に東日本のキノコに会いたくなったので、誘いに乗ることにした。
集合場所は五合目、標高2000メートル
友人宅のある八王子でレンタカーを借り、途中で同行者をピックアップするなどしながら、案内人氏が指定した集合場所に向かった。
車中では、今日はどんなキノコが採れるかという話でもちきりで、私たちはみんな本当にわくわくしていた。わくわくしすぎて、集合時間に1時間近く遅刻してしまったほどだ。
「わくわくしすぎて遅刻する」というのは、なかなか理解されないと思うので経緯を補足しておくと、
- 楽しみだから早起きして予定の時間よりもちょっと早めに出発する
- 「あれ?意外と時間に余裕があるじゃん!」ということで、下道で行こうということになる。料金の節約になるし、なにより下道は高速道路と違って、風景その他が変化に富んでいて面白いのだ。
- 思ったより時間がかかって遅刻する
ということである。ダメな人間には、ダメな人間なりの理路があるというものだ。
ともかく、曲がりくねった車用登山道を急いで走り抜けたことによる車酔いと、気圧の変化でキンキンする耳を引っさげて集合場所の五合目登山口(標高2000m)に着いた頃には、時刻は12時に迫ろうとしていた。
初っ端からつまづいたわけだが、それでも車を止めてドアを開けた瞬間に流れ込んできた空気はとても清々しくて、車酔いの吐き気は流れ去ってしまった。
登山口手前にある菊屋という山小屋で、寒い中1時間近くも待たされたにしては思ったより機嫌の良さそうな案内人氏と合流する。
山小屋には、各種キノコの菌床も売っていた。何も採れなかった場合のアフターケアもばっちりと言うことやね...。
山小屋脇の休憩スペースには、すでにキノコを採り終えて戻ってきたらしい人たちがたむろしていた。机の上に採ってきたキノコを広げて、なにやら楽しそうに談笑していた。
後になって、彼らはただ単に談笑していたわけではなかったことを知るわけだが、このときは籠の底が見えないくらいたくさんのキノコに期待が膨らませただけだった。
それにしても、周囲のキノコ採り人たちがみなきちんとした籠を持ってきているので、「とりあえず入れられればいいだろう」と数枚のレジ袋を引っつかんでやってきた私のような人間は大変に肩身の狭い思いをさせられた。こういう袋タイプの入れ物は、畳んで持ち運ぶには嵩張らなくて便利なのだが、中に入れたキノコが潰れやすいのだという。そういう大事なことは先に教えてほしいと思う。
改めて我々のグループの面々を見ると、みなとても山に入るとは思えない出で立ちである。中には、一歳児を背負っている者までいる。
無事に帰ってこられるのだろうか?準備不足感は否めないが、我々は山に入った。
案内人氏に導かれて、一行は湿り気スポットを目指す
キノコシーズンには頻繁に富士山にやってくるという案内人氏は、さすがにそれらしい格好だ。
キノコは湿った場所に生えることが多いので、乾燥した登山道の周囲にキノコの気配は希薄である。キノコ狩りをするためには、正規の登山道から外れた、湿り気スポットに行く必要があるのだが、我々のグループの中でその場所を知るのは案内人氏ただ一人だ。
目的地に着くまで、我々は旅の勇者一行よろしく、案内人氏の後を前を歩く者の足ものと見ながら一列になって(登山道は狭いのだ)歩くことしかできない。もし案内人氏が崖から落ちたりしたら、我々も後を追って順番に崖から落ちたことだろう。
そんなふうにただ歩いているだけでも、普通の山にはない黒い玄武岩層が露出しているのが見られたりして楽しかった。溶岩で焼き尽くされた上に草木が生えて、土ができて、そこにキノコまで生えてくるのだから、生き物の力は偉大だ。
富士山では動植物の持ち出しは一切禁止されているのだが、キノコは菌類だから採っていいんだと案内人氏が教えてくれた。すかさず「では富士山で出産をした場合、生まれた子供は富士山から出られないのではないか」と同行者が質問したが、こちらは曖昧な笑みを浮かべて黙殺された。
そうこうするうちに、急に開けた場所に出た。
頂上の方を見上げると、気温の低い上の方から木々が赤く色づいてきているのが見えた。
キノコ・サンクチュアリは一面コケに覆われてふかふかだった
藪を突き抜けると、地面がすっかりコケに覆われた場所に出た。本日の湿り気スポット、キノコ・サンクチュアリに着いたのだ!
湿った場所にはコケが生えがちである。コケの保湿作用で、そこはさらに湿り気を帯びる。コケが先か湿り気が先か。これは「鳥が先か卵が先か」という話に近く、いくら考えても結論は出ないのだが、一つ言えることがある。こういう場所には、よくキノコが生えるということだ。
まず、一番頻繁に見かけたのが、このキヌメリガサ。
たくさん生えているのだが、一箇所にまとまって生えるのではなく、ぽつりぽつりと点在するため、集めるのが大変だ。そのため、別名をコンキタケ(根気茸)という。
そして、こちらがそのコンキタケに似た形のニガクリタケという毒キノコだ。なおこのニガクリタケにそっクリなクリタケというキノコもあり、大変にややこしい。
この真黄色のキノコは、カベンタケモドキ。毒がない代わりになんの味もしないのだが、見た目の華やかさ(この黄色は加熱しても色落ちしない)故に正月料理などに重用する地域もあるという、なかなか寓話的なキノコだ。
あちこちに生えている上に、派手な色のおかげで目立つため最初こそたくさん集めていたのだが、前述したとおり味がないそうなので、途中から採るのをやめた。
ニョキッ!という擬音がつきそうなまっすぐな生え方のツバアブラシメジ。
名称不明のキノコ。サンリオのリトルツインスターズの背景に紛れ込んでいそうだと思った。
見て!見て!大きなハナイグチ!
大きなキノコを見つけると、瞬間的に興奮状態に陥ってしまい、周囲を困惑させることになる。
猛毒のシャグマアミガサタケもあった!怖い!
シャグマアミガサタケの毒成分はジロミトリンという物質で、そのまま食べると最悪死んでしまう凶悪なものだ。一応、茹でて茹でて茹でこぼしまくることでジロミトリンが加水分解されメチルヒドラジンに変化、さらにメチルヒドラジンが気化して抜けることで食べられるようにはなる。なおこのメチルヒドラジンという物質はロケットの燃料にも使われる物質で、あの有名なテポドンにも積まれていたらしい。聞けば聞くほど物騒で、魅力的なキノコだ。ただ、探してもこの1本しか見つからず、1本だけで長時間茹でるのは面倒なので今回はパス。
キノコとは違うが、真っ赤な地衣類がとても綺麗だった。
これも、よくわからないながら美しかった。菌類だとは思うのだが......。
時間を忘れて夢中でキノコを探す一行。
「ニガクリタケとかシャグマアミガサタケみたいに毒キノコとわかるやつは捨てるとして、僕もよくわからないやつがあるから、判断に困るやつはとりあえず持って帰っちゃっていいよ」
と言われたので、採ったやつはとりあえず袋に入れていく。
キノコを採ることに疲れたら、ふかふかのしたコケの上に腰を下ろして休憩した。下手なイスよりもずっと座り心地がいい。
どこまでも続くコケの絨毯と、そこかしこに生えるおびただしいキノコ。ここは天国なのだろうか?そうなのかもしれない。このままキノコを採ることに夢中になって、森の奥へ奥へと進んでいったら、本当に帰り道がわからなくなって天国まで行くしかなくなりそうだ。現にさっきからとても静かだと思ったら、目の届く範囲には誰もいないではないか。
そんな、少し怖い想像をしながら、それでもキノコを探していたら、LINEの着信音が鳴った。
「子供が疲れてるみたいだから、先に小屋まで戻るわ」
いまどきの天国は、電波も通っているのだった。
採ったキノコは、なんと鑑定してもらえた
有象無象のキノコで一杯になった袋をぶら下げて山小屋まで戻ってくると、案内人氏が採ってきたキノコをすべて机の上に出して広げるように言う。
言われるままにキノコを袋から出すか出さないかのうちに、横の机で他の客たちと話していた人が近づいてきた。彼は手袋をはめ、おもむろに
「この辺は全部大丈夫。これはダメ」
などと言いながらキノコをより分け始めた。驚く我々を尻目に、あれよあれよという間に仕分けられていくキノコたち。
案内人氏の説明によると、この人は富士山に通い詰めているキノコ名人なのだそうだ。キノコシーズンには、ほぼ必ずといって良いほどこの場所にいるため、キノコを採集したはいいが毒キノコが混ざっていないか自信のない人が鑑定を頼みに来るのだそうだ。
なるほどわかった、だから案内人氏は、「よくわからないやつもとりあえず持って帰っていいよ」などと言ったのか!
鑑定はものの数分で終わった。あんなにたくさんあったのに、やはり熟練者の手さばきは違うというものだ。
採ってきたキノコは、だいたい食べても問題ないものだったのだが、よくわからないからと言ってとりあえず持ち帰ったものの中にはそうでないものもあった。
中でも危なかったのが、このドクササコだ。見た目は地味だが、食べると手足が猛烈に腫れ上がり、強烈な傷みが数週間続くという、冗談みたいに危険なキノコなんである。
山小屋で買ったソフトクリームを食べながら、鑑定を終えた恩人とも言える名人としばし話す。
富士山にはキノコ名人と言える人間が複数存在していて、ある名人などは興味本位で「キノコのこと教えてください」と言ってきた3人組の女性を、半日山の中を連れまわしてひたすらキノコについて語り続けたそうだ。
キノコ愛を暴走させている人にとっても、これからキノコについて詳しくなりたい人にとっても、富士山はやはり天国なのであった。
もって帰ったキノコは、ひたすら洗う
野良キノコには、土や虫がついている。家中の鍋を総動員して塩水に1時間ほど浸けて虫出しした後、一つ一つ洗って、根元の石づきを切り落とす。
ハナイグチとキノボリイグチはぺペロンチーノとクリームパスタになった。イグチの仲間は笠の裏がスポンジ状になっているので、ふわっとした食感と、噛むと旨味の濃縮された汁がじゅっと出てくるのが特徴だ。
キヌメリガサ(コンキタケ)はミートソースに。ヌメヌメとした食感が歯と舌に気持ちいい。
カベンタケモドキは味噌汁に入れられた。聞いていたとおり、色は鮮やかなままだが何の味もしなかった。
最後の〆は、残ったキノコを全種類入れた、厚揚げのキノコ餡かけだ。
「この中に毒キノコはないですよ」と、名人がお墨付きをくれたからこそ出来る贅沢、安心安全に裏打ちされた味だ。
今回のキノコ狩りは、採集場所とキノコの判別という、キノコ狩りで苦労する二大要素を両方とも人から提供してもらえるという、ありえないくらい贅沢な体験だった。また行きたい、鑑定してもらいたい......というと、毎回他力本願で向上心がないみたいだが、やっぱりまた行きたいし、できることなら採ったキノコを鑑定してもらいたいと思う。