3日粘った末に印旛沼でカミツキガメを捕まえて、食べた話

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読者はカミツキガメというカメを知っているだろうか?

主に北アメリカを原産とするこのカメは、モンスターのような雄雄しい外見のおかげでペットとして人気を博したが、現在では特定外来生物に指定されて販売はおろか無許可の飼育さえも禁止されている。

他の元ペットの外来野良動物たちと同じく、こいつが成長するととんでもなく大きくなることから、飼い切れなくなった個体の野外への無責任な放出が跡を絶たないからだ。

大きいものでは甲羅の長さが50センチほどという、「それ、ほぼウミガメじゃん」と言いたくなるくらいにまで成長するというから驚きである。

カミツキガメはその名の通り、目の前にやってきたものに反射的に噛み付く習性がある。こんなに大きくて力の強そうな生き物にまともに噛みつかれたら、軽い怪我ではすまないだろう。カミツキガメを野外に放逐するのは、公道に地雷をばら撒くのに等しい許しがたい行為だ。

違反者には『裸で水に入り、噛まれる恐怖におびえながらカミツキガメを1匹残らず回収する刑』を言い渡したいところなのだが、私がこうして国外まで足を伸ばさずとも、そこそこ気軽にモンスターハンター気分を味わえているのは、彼らの愚行の恩恵と言えなくもないので複雑だ。

ともかく、このかっこいい生き物に会いたくなった私は、捕獲に乗り出した。

 

 

カミツキガメは千葉の印旛沼周辺に多い

日本の田園風景には不釣合いなこの巨大カメが闊歩しているところをぜひとも見てみたい、あわよくば捕獲して食べちゃいたいと思った私は、友人たちとともに千葉県の印旛沼を目指した。この沼や周辺の河川、特に鹿島川の水系では、すでにカミツキガメが定着、繁殖してしまっていると聞いたからである。

推定生息数、なんと1万6千匹。

戯れに野に放たれたものたちの子孫が、新天地で着実にその数を増やしているのだから、外来種といえどやはり生き物はすごいなあと感じ入ってしまう。

印旛沼広しといえども、これだけ生息しているなら、我々に捕まってくれる酔狂なカミツキガメが少しはいるはずだ。ネット上にレポートを上げている先行者たちも、なんだかんだと苦労しつつも捕獲に成功しているようである。

楽観的な雰囲気の中、まずはカメが好みそうな場所を探すことにした。

 

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そこそこ広さがあって、水が濁っているポイントを発見したので、釣針にアジの切り身をつけて放り込む。同時に、ウェーダーを着て、タモ網を持ち、川底の泥の中に隠れたカミツキガメを捜索する。

数時間かけて探し回るも、まったく気配なし。

しかし、ここまではある程度予想していたことである。カミツキガメは、夜行性だと聞いていたからだ。

 

日が落ちてから、再度釣りによる捕獲に挑戦した。合計5本の釣竿が、適当な間隔をおいて川岸にセットされる。天気は晴れで、周辺の草むらでは、大小様々なカエルたちのたてる鳴き声がうるさいくらいに響いている。特にウシガエルの「グー・ゲー」という声は特徴的で、容易にそれと判別できた。

これはうれしい兆候だ。カエルが活動できる水温なら、カメも動いている可能性が高いからである。そして、1時間ほどたった頃、最も下流に設置していた竿が音を立てて大きく傾いだ。

「来たぞ!」

大きな声を上げて竿にかけ寄る我々。

今から思うと、探索初日のピークはこの瞬間だった。

「さあ、カミツキガメの顔を拝んでやろう!」

みんながそう思って興奮していたと思う。たぶん。

 

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バタバタと音を立てて上がってきたのは、アメリカナマズだった。

 

いや、期待はずれだったのは認めるが、決してがっかりなどしていないし、アメリカナマズが悪いのでもない。現に、一座はそれなりに感興を催した。昼間からずっと釣糸を垂れていて、初めてあがってきた獲物だったからである。ただ、上がってきたのがカミツキガメだったら、どんなにか喜び、安心しただろう。

気を取り直して釣りを再開したのだが、待てど暮らせどカミツキガメは捕まらない。

結局、その日はもう1匹アメリカナマズを吊り上げたところで解散となった。

 

 

カミツキガメを求めて雨の沼のほとりを彷徨う

翌日はあいにくの雨だった。他の人たちは用事があったり疲れたりで帰ってしまったので、今日からは私一人での探索である。

強烈な日差しで体力をガンガン削られることがないので、野外に探索する身にはありがたいのだが、カミツキガメ探しに限って言えばどうだろか?

昼間なのに肌寒いし、夜になれば一層気温と、それにつられるように水温が低下することが予想される。そうすれば、昨日にも増してカミツキガメの動きが鈍くなることはまちがいない。せっかく冬眠から出てきたものも、また冬に戻ったのかと二度寝をしてしまいかねない寒さだ。

悪い予想は的中した。この日はカミツキガメはおろか、アメリカナマズすら釣れなかったのだ。ゴールデンウィーク明けの、水温的にギリギリな時期に来たことを後悔させられた。

 

なんの釣果もなかった2日目の探索だが、釣り人から興味深い話を聞くことができた。

雨の中、傘をさして釣りをしている人を見かけたので、物好きなお方もいるものだと、「お前が言うな」と言われそうなことを考えながら声をかけてみた。話題はもちろん、カミツキガメのことだ。この方もカミツキガメを見かけたことがあるというので、俄然食いつくようにして情報を得ようとする。

その人のいうことをまとめるとこうである。

  • カミツキガメは、釣りたくなくても年に1回くらいは釣れてしまう。
  • 漁協の人たちが駆除用の罠を設置していて、最近も5,6匹捕まえて処分していたようだった。
  • こういう川幅が広いところよりも、田んぼの用水路みたいな狭いところの方が数は多い。

特に最後の一つには驚いた。カミツキガメは大きなカメなので、自然と、川幅が10m以上あるところを中心に捜索を行っていたのだ。

その後、いただいたアドバイスをもとに探してみたが、前述のように成果は芳しくなかった。しかし、リベンジするための足がかりを抑えられたことがうれしかった。

 

 

 カミツキガメは突然に 

 翌日の天気は打って変わって快晴で、沼の畔はポカポカと暖かい陽気に満ち満ちていた。

捜索を続けてもよさそうなものだが、引き上げようかと言う気になった。野宿で2泊3日に及ぶ捜索行で疲れてきたのと

「時期的にまだ早かったのでは...6月に出直したほうが可能性は高そうだ」

という思いが頭の中でだんだん大きくなってきたからだ。

ただ、そうは言いつつも諦めきれない往生際の悪さを発揮して、最寄り駅まで移動するのに、鹿島川のそばの田んぼの脇道を歩いて用水路の様子を伺いながら移動することにした。結果的にこれが功を奏した。

水路脇の草が生い茂る道を歩いているときにそいつは現れた。

 

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ん?

 

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んんんんんん???

 

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う...う...うう......

 

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うわあああああああああ!!!

 

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なんという皮肉だろう。

2日間、あれだけ苦労して探したり釣ろうとしたりしても、気配すらなかったのに、帰ろうとした途端に道の端に転がっているんだもんなあ。

「やってらんねえよ」と思いつつも、顔には満面の笑みを浮かべて喜びを隠し切れないでいるのである。大げさなようだが、『奇跡』という言葉が頭をよぎった。これは『捕獲』というよりも『出会い』である。カミツキガメと私が、道端で偶然ばったり出くわしたという奇跡なのだ。

ともかく、道を歩いていてカミツキガメに出くわすなんて、ほぼ毎日田んぼに出てくる農家の人でも1年に1度あるかないかのことであるらしいのに、なんと運の良いことだろう。それとも、推定生息数1万6千匹というデータが出された頃よりも、さらに個体数が増えているのだろうか。

 

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ちょっと笑っているようにも見えるが、威嚇中である。慎重に手を近づけると、縮めた首を目にも止まらぬ速さで突き出して噛み付こうとしてくる。空を噛んだ口は、歯と歯がかち合う「カチッ!」という小気味良い音を立てる。

 

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腹側の造形は、私の知っているカメのそれとだいぶ違う。甲羅による防御の範囲が狭い分、手足の可動範囲が大きくてダイナミックな動きができるのかもしれない。

 

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長い首を回してこちらを噛もうとしてくるのだが、甲羅の後端まではさすがに首が届かないので、こうして持てば安全である。

甲羅のサイズにして20センチ強、大きいほうではないのだろうが、まごうかたなきカミツキガメだ!ついつい飼いたくなるのも納得のかっこよさである。

 

このとき私は一人だったのだが、この喜びを誰かと共有したくて、近くにいた農作業中の翁に話しかけた。

「このカメ、カミツキガメって言うんですけどね...うふふ、僕が3日かけてやっと捕まえたんですよ、かっこいいでしょう!」

翁は

「ははあ、よかったですね」

と言って、曖昧な笑みを浮かべて肯いたあと、どこかへ行ってしまった。

 

それでも収まらないので、「クハークハー」という威嚇の声を上げるカミツキガメを手に持って喜びの舞を舞っていると、こちらに向かって軽トラが走ってくるのが見えた。

私がカミツキガメを見せびらかすようにして持ち上げると、はたして軽トラは停車し、中から驚きの表情を浮かべた年の頃60くらいの女性が出てきた。

首を振り回してもがくカミツキガメを手に持ったまま、しばし歓談する。女性の親族の男性は田んぼでの作業中に泥の中に潜んでいたカミツキガメに指を噛まれてしまい、病院に行ったことがあるそうだ。やはり危険な生き物であることは間違いなかったのである。

 

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写真を撮ってもらった。

 

「そのカミツキガメをどうするのか」

と聞かれたので、私は正直に、もって帰って食べるつもりですと答えた。答えてから、そんなことを言ったら気味悪がられるかしらと危惧したが、彼女の口から出てきた言葉はこちらの意表を突くものだった。

なんと、道の真ん中でカミツキガメを〆るのはなんだから、農地の端まで軽トラで運んでくれると言うのだ。(特定外来生物であるカミツキガメは生かしたまま持ち帰ることができない)

距離にするとおそらく300mも離れていないのだが、水路やぬかるみなどに分断された農道の移動は大変だ。大荷物を背負い、暴れるカミツキガメを抱えたままではなおさらであり、とても助かった。

 

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カミツキガメと一緒に軽トラの荷台に乗ることになるとは思わなかった。

初夏の日差し、風を切る音、おそらくもう2度と体験しない、カミツキガメとの青春の一コマ。

カミツキガメはというと、おそらく初めて体験するであろう車の振動をものともせず、活発に動き回っていた。どっしりとした落ち着きがあって、なかなかかわいらしく思えてきた。

 

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ノッシノッシと力強く歩くカミツキガメ。尻尾の存在感の大きさがわかる1枚だ。

 

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元気に脱走しようとするのでたまに網をかけてもとの位置に引き戻す。

 

女性に礼を言って別れ、四苦八苦しながらカミツキガメを〆て持ち帰った。

これが、カミツキガメ捕獲の顛末である。ひとつひとつの出来事を思い出しながら記事を書き起こしている間も、興奮の追体験をして動悸が速くなってくるようだ。

 

 

食べる

東京の友人宅に持ち帰ったカミツキガメは、から揚げとスープにして食べた。

以下はその感想である。

 

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まずはカミツキガメのから揚げ。足の周りには肉がたっぷりとついていて、とても食べ応えがある。甘い脂肪分と、さっぱりとした筋肉のバランスがよい。肝心の肉の味はというと、噛めば噛むほどにじみ出てくるこの味は...なんともいいがたい。とても美味いのだけれど、他のものに例えようとしても、ぴったりあてはまるものがないのだ。鶏肉のようでもあり、ツナのようでもあり、一言でいうとこれはカメの味としか言いようがない。

 

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余談だが、食べているところが異常者のようで怖いと言われた。ずっと髭を剃っていなかったからだろう。

 

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こちらはカミツキガメのスープ 。にんにくとしょうがを少し入れた以外は、塩で味を調えただけである。醤油で味付けしたから揚げに比べて、まじりっけのないカミツキガメの味が堪能できるはずなのだが...。

うーん、から揚げの時ほど「美味しい!」という驚きがなかった。旨味は強い。が、その背後にある種の臭みが残っている気がしてしょうがないのだ。これがカミツキガメの匂いなのか、印旛沼の匂いなのかわからない。

前者なら、解体の際により注意を払って内蔵等を傷つけないように取り除き、牛乳にしばらく漬けるなどして改善する余地がある。

後者の場合は難しい。たとえばスッポンを調理するときには、綺麗な水の中で1週間ほど餌を与えずに飼育する、いわゆる『泥抜き』によって泥臭さをある程度は抜くことができるのだが、生かして持ち帰ることのできないカミツキガメの場合、この工程を踏むことが不可能なのだ。

ともかく、私は濃い味付けのほうが好みだった。

 

 

また捕りに行きたい

カミツキガメは日本の河川にいてはいけない生き物である。不意に出くわせば非常に危険な存在になりうることもわかった。しかし同時に、その外見は惚れ惚れするほどかっこよくて、食べれば魅力的な味のする生き物であることも間違いない。

行政は、この厄介な生き物の駆除に一層の力を入れていく方針を示しているため、うまくいけば数年で個体数は減少に転じるのだろうが、それまでにもう一度くらい会いに行きたい、あわよくば今回のよりももっと大きいのを捕まえてみたいと思っている。

 

 

 

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