スズメを一網打尽!無双網猟に同行してきた話

f:id:yanenouenomushi:20180606053828j:plain

日本でできる狩猟は大きく3種類に分けられる。銃を使う猟、罠を使う猟、そして網を使う網猟だ。狩猟免許を取得したときから、この網猟について気になっていたのだが、「家の近くでできる罠猟も楽しいし、網猟はまだ先でいっか。近くに教えてくれそうな人もいないし」などと先延ばしにしていた。先延ばしにすると、つい先延ばしにしすぎてしまうのが人情だ。私は結局3年近く放っておいてしまった。

もしやこのまま無期延期になってしまうのでは......そう危惧して知人の狩猟関係者に相談してみたところ、そんならいい人がいるから、一度ついて行ってみると良いといって網猟名人を紹介してくれた。すごい人が、意外と近くにいるものである。

この記事は、もう半年近く前の真冬のことなのだが、網猟名人に同行して無双網(むそうあみ)という大きな網を使ったスズメ猟を見せもらったときのことについて書いたものである。

 

無双網猟とは

f:id:yanenouenomushi:20180606200623j:plain

 無双網と呼ばれる大きな網を地面に伏せておいて、獲物の鳥が着地したところを見計らって網につながったロープを引き、鳥の上に網を被せて捕まえる猟法。

上の写真は狩猟免許のテキストに載せられたイラストで、無双網の中でも特に双無双(ふたむそう)と呼ばれるものだ。二つの網を、折り重なるように別々の方向から被せるから、”双”無双。名人がスズメ獲りに使っていたのも、この双無双タイプの網だった。

理屈はわかる。しかし本当にこんなに上手くいくのだろうか?というのが、イラストを見た第一印象だった。だって、あからさまに怪しい場所に着地して、網が自分の上に被さってくるまで逃げようともしないなんて、鳥が馬鹿みたいじゃないか。イラストの鳥がなんだか頼りない表情なのも不安を助長した。

初めて無双網の原理を知ったときにそう感じてしまったのも無理はない。しかしながら、網猟体験者の書いた体験記などを読むと、この仕掛けに囮の鳥であるとか、誘い餌であるとかを追加することで、調子のいいときだと一度に何十羽という獲物をとることも可能なのだそうである。

何十羽!想像しただけでも、両手を拳に握って突き上げ、「ウオー!」と大騒ぎしたくなるようじゃないか。しかも、それがあのコミカルな網によって一網打尽にされるというのだ。なんとしてもその光景を見てみたい。以来、網猟は私の中のMust To Do リストに入れられていたのである。

 

 f:id:yanenouenomushi:20170908115021j:plain

網猟は、他の猟法に比べてかなり安全であると思う。シカやイノシシを狩ろうとして、反撃されて重症を負ったという話はたまに耳にするけれど、網に絡まった鳥など素手で簡単に取り押さえられよう。それに、猟具で他人を怪我させるということも起こりにくい。 

そんな網猟なのだが、これをやっているという人は、ただでさえ数の少ない狩猟者の中でもかなり少数派である。そんな中で、場所の選定や猟具の設置なんかを全て一人でこなして成果を挙げられる名人は、無形文化財といっても差し支えない存在だ。

私が訪ねて行くと、名人は快く家に上げて猟具を見せてくれた。スズメ猟用の網は案外目が粗いのだが、これがもっとも絡まりやすいとのこと。

 

私 「名人はいつから網猟をしておられるのですか?」 

名人 「そら、母親の腹の中にいるときからやがな!ハハッ!」

 

なるほど、名人と呼ばれて慕われるには、これくらいの豪放さがないといけないのである。

もう一人猟に同行したい人が来るそうなので、その人を待っている間にいろいろ教えてもらっていたのだが、その間にも何件か電話がかかってきていた。

うち一件は、四国からかかってきたもので、網猟のアドバイスをしてほしいという申し出にいろいろと答えておられた。以前には北海道から訪ねてきた人もいたらしい。名人は多忙でもあるのだ。

 

 まずはスズメの集まるポイントを探す

f:id:yanenouenomushi:20180606054021j:plain

メンバーが揃ったので、車に道具を積み込んで出発する。

田園地帯に着いたら、まずは網を設置する場所を決めなければならない。

 

突然だが、「コンビニを出店するから場所を決めろ」と言われたら、読者のみなさんならどんな場所を選ぶだろうか?

たぶん、出来るだけ人口密度の高い地域の、できるだけ人通りの多い道沿い出店して、店に入るお客の数を最大化しようと考えるはずだ。

無双網の設置場所を決めるときの発想もこれと同じだ。名人曰く、スズメの群れはいくつかの安全地帯(屋根の上、電線の上、木の上など)を決めて、それら決まったポイントの間を行ったり来たりしながら餌を探すらしい。スズメはスズメで、お気楽に生きているように見えて生き残るためにいろいろと考えているわけだ。

で、狩猟者はそれを逆手に取る。つまり、スズメの群れがとどまっている地域で、その飛行経路の下の地面に網を設置するのだ。こうすることで、網猟の成功率をグッと上げることができる。

無双網猟をするには、経営コンサルタントも真っ青になるくらい、お客(スズメ)の動線に注目することが必要なのである。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054049j:plain

安全地帯である屋根の上に行儀よく並ぶ獲物のみなさん。写真に入りきらなかったけれど、奥にはもっとたくさんいた。勝手に『スズメのお宿』と命名してやった。 

 

網を設置する

場所が決まったら、網を設置する。

このとき、興奮して大騒ぎなどしようものなら、異変を察知したスズメの群れがいっせいに逃げ出してしまうかもしれない。粛々と行動することが求められる。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606053943j:plain

網の両端に支柱になる竹竿を通し、根元についた杭を地面に突き刺す。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054147j:plain

片面を設置し終わったところ。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606053821j:plain

両面とも設置し終えたところ。こうしてみると、どこに網があるのかパッと見ただけではわからない。空の上から見ると、なおさら判別しにくいかもしれない。

 

f:id:yanenouenomushi:20180621135507j:plain

わかりやすいように色をつけてみた。ピンク色に塗られたところに網がある。網につながったロープを引くと、2枚の網が矢印の方向に反転して、真ん中のスペースで地面をつついているスズメを一網打尽にするのだ。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054313j:plain

さて、網の設置は終わったけれど、これだけではスズメが来る可能性は低い。コンビニの例を続けるなら、内装がまったく出来ていない状態だからだ。

そこで登場するのが、この囮のスズメたちである。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054327j:plain

紐を結ばれて逃げられないようにされたスズメ。

囮に使われるのは、名人が以前に生け捕りにしたスズメの中から厳しいオーディションを経て選出された、とりわけ大きな声でよく鳴く歌声スズメたちだ。彼らが地面をピョンピョンしながら鳴いているのを見て、上空を通過するスズメたちは

「あ、仲間がいるじゃん!ならあそこは安全に違いない」

と思って下りてきて、一緒に地面をつついて餌を探し始めるのである。

鋭い人は、囮が必要なの?じゃあ最初のスズメはどうやって捕まえたわけ?と疑問に思ったはずだ。囮に使えるスズメがいないときは、録音された鳴き声をスピーカーで流すことで代用する。ただし、網のところまで下りてくる前に見破られて、逃げられる可能性がかなり高いそうだから、たかがスズメとて侮れない。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606055018j:plain

内装も整った。最後の仕上げだ。コンビニの例えもかなりきつくなってきたが、あえていうなら......看板とか?

使うのはカラスの剥製だ。スズメたちは、カラスが地面に下りているのを見つけると

「あ、俺らよりずっとクレバーなカラスさんたちがいるじゃん!ならあそこは安全に違いない 」

と思うかどうかは知らないが、地面に下りて来やすくなるそうだ。

このとき、カラスを置く位置が網に近すぎると、カラスに襲われるのを警戒して逆に下りて来なくなるようなので注意。

さらにさらに、カラスには、風に煽られてバランスを崩さないよう、できるだけ頭を風上に向けて抵抗を減らそうとする習性がある。だから剥製のカラスたちも、うっかり風上に尻を向けて羽毛をめくり返らせるようなことがあってはならない。これまででわかったように、スズメたちは些事に気がつくこと小姑の如しであるから、おかしな方向を向いたカラスなど一目で偽物と見破られて嘲笑されてしまうだろう。

 

準備は以上だ。しかしまあ、スズメを騙すためになんと周到なお膳立てをすることだろう。どこかの映画監督が「日常の風景を自然に演出するのが一番難しい」というようなことを言っていたのを思い出した。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606205730j:plain

 50mくらい離れたところまでロープを伸ばして、スズメたちが下りてくるのを待つ。銀色の輪に結ばれているのが網を操作するロープで、手前の木枠に繋がっているのは囮を跳ねて目立たせるためのロープである。

さあ、スズメはくるのだろうか!?

 

スズメが下りてくるのを待つ

設置するまでは大変だが、ここからは基本的には待ち時間である。

待っている間は、大人しく空を眺めているほかはない。スズメたちは特に音を立てずにやってくるので、きちんと見張っていないと、シャイな配達員のようにこちらが気づかないうちにやってきて、気づかないうちに不在表だけ置いて去って行ってしまうかもしれないからだ。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606055059j:plain

大挙してやってくるハトの群れ。空を見上げているのも、単調に思えて案外変化が多く、飽きない。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054146j:plain

首が疲れたときは、田畑の土に掘られた溝などを眺める。農業のことはよくわからないけれど、肥えた土なのだろう。この土が米を育て、その米をスズメが食べ、そのスズメを今我々が捕まえようとしているのだなあ。

そんな、取り留めのないことを考えていたのだが、名人の

「来たぞ!来たぞ!」

という興奮しているけれど静かな声に現実に引き戻された。

前を見ると、 今しも網の上空を通過しようとしていた10羽程度のスズメの一団が、思いついたように急に下方向に反転したところだった。一羽一羽が減速するために螺旋を描きながら降下して行くのが、群れ全体では小さな竜巻のように見えた。最後尾の一羽が着地し終わらないうちに名人が一息にロープを引いた。

 

f:id:yanenouenomushi:20180621140230j:plain

バサッ!

予想外の勢いで反転する無双網。そのスピードたるや、コンビニの自動ドアなどの比ではない。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054348j:plain

無双網が反転し終わるか終わらないかのうちに、名人も我々もいっせいに駆け出す。もたもたしていると、バタバタともがいて脱出に成功するやつがいるかもしれないからだ。

畦道を全力疾走して、息を切らしながら駆け寄ったのだが......あれ、あんまりいなくない?

 

f:id:yanenouenomushi:20180606054439j:plain

いや、よくみるとそこにもここにも絡めとられている!

土や枯れ草の上ではスズメの模様が迷彩効果を発揮して、背中を上にして落ちているものは注意して見ないと気がつかないのだ。 

 

f:id:yanenouenomushi:20180606053828j:plain

逃がさないように、1羽1羽丁寧に網から外してやる。むっつりと膨れているのか、恐怖で縮みあがっているのか、とにかくほとんど抵抗らしい抵抗をしてこない。

スズメには気の毒だが、こうして生きたスズメを手にとってじっくり見る機会などこれまでにほとんどなかったので、いつまでも観察していたい気になってしまう。

だが、あまりゆっくりもしていられないのだ。こうして網から外している最中にも、頭上を一群れのスズメたちが 通り過ぎて行った。どうやら、群れの動きが活発になってきているようだ。このゴールデンタイムを逃すわけにはいかない。一刻も早く網を元通りに広げて、次の一群をお迎えしなくてはならない。コンビニエンスストア『シタキリ・マート』は大賑わいなのである。網から外したスズメを両手に抱え、我々は先ほどとは逆に、待機場所に向けて駆け出した。

 

無双網によるスズメ狩りは、一種の青春である

疾走と待機を何ターン繰り返しただろう。日が傾いてきたかな?という頃になると、さすがにスズメたちもあまり飛び立たなくなってきた。

 

f:id:yanenouenomushi:20180606055150j:plain

我々が腰掛けている畦道には、100羽を越えるスズメの山が出来上がっていた。サービス業なら、社員数で言えばぎりぎり中小企業として認められないくらいの数である。十分に捕まえたし、そろそろ潮時であろうということになった。

 

撤収作業をしていると、もう一人の同行者氏が

「網にかかったスズメを回収するために走っている、あの瞬間は一種の青春ですね」

みたいなことを言っていた。

「うおー、網にスズメがかかったぞ!急げ!急げー!」という、アドレナリン全開の圧倒的な高揚感とともに畦道を疾走するこの感じは、たしかに青春と形容してもいいかもしれぬ。もっとずっとプリミティブな何かである気もするけれども。

ともかく、網猟は私が予想していたようなまったりとしたものではなく、とてもスピーディーだった。そして、スズメたちが網に吸い込まれるようにシュルシュルと降下していく様子は、期待通りにとても愉快だった。

無理を言って名人につれてきてもらってよかったと、心底思えるような体験だったのである。

 

スズメは美味しい

f:id:yanenouenomushi:20180621144018j:plain

獲れたスズメを10羽ほどお土産にもらってきた。

残りは、名人とその奥さんが家で食べる分もあるが、大部分は伏見稲荷大社の周辺の店に卸すそうである。伏見稲荷大社といえばスズメの丸焼きを出す店が軒を連ねることで有名で、私も何年も前に食べたことがあるけれど、そのときはスズメがどこから来ているかまでは考えていなかった。

醤油と砂糖と酒を合わせたタレにからめて丸焼きにしたスズメは、骨ごとバリバリ食べられて、味も濃かった。(写真の右4羽がスズメ。左の2羽は別の日に仕留めたヒヨドリ

特に面白いと思ったのは、残酷なようだけれど、頭を齧ったときの食感だ。他のものに例えるなら、融けかけた『アイスの実』を食べたときのようだ。外側をカシュッと噛み割るとジューシーな中身がどっとあふれ出てくる、あの感じだ。スズメよりも二回りくらい大きなヒヨドリだと、骨が固くてこういうふうに食べることは出来ない。これはスズメならではの味わいだ。

外はカリッ、中はジュワッという食感が我々は好きだけれど、人間のこういう嗜好は小鳥の頭を齧ったときの食感がルーツなのかもしれないと思ったりした。

 

 

 

twitter.com