大人だけどオオオニバスに乗ってみたい

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アマゾン原産のオオオニバスという植物がある。

水に浮かんだ葉の直径が3m以上にもなる、とても大きな蓮の仲間で、体重の軽い子供なら上に乗って水に浮かぶことができる。体重の重い大人が乗ると、オオオニバスは重さに耐えきれず、沈んでしまう。

子供の時にしか乗れない、まるでネコバスやネバーランドのような、オオオニバスとはそんな植物なのである。

 

筆者がオオオニバスの存在を知ったのは、中学生になってからだった。精神年齢的はともかく体格的には大人に近づいていたため、オオオニバスにはもう乗れなかった。

最近ふとそのことを思い出した。悔しいので、大人でも乗ることの出来るオオオニバスを自分で作ってみることにした。

 

実物を見に植物園に来てみたが...

自宅近くの植物園に実物を見に行った。

オオオニバスに乗りたいと思う読者がどのくらいいるか検討もつかない。そもそも、みんなオオオニバスを知っているのだろうか?

そんな不安が頭をよぎったから、まずは実物のオオオニバスの姿を見てもらって、「オオオニバス、乗ってみてえ!」と感じていただこうと考えたのだ。

 

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さあ、見てくれ!これがオオオニバスだ!

 

威勢よく紹介してみたものの、肝心のオオオニバスは発育途上のようで実に頼りなかった。葉の縁の、水面から垂直にそそり立つ部分(こいつのおかげで、少々沈んでも葉の上に水が侵入してこない)も未発達だ。

てらてらと光っていて、なんだかラーメンに浮かんだ油のようだと思った。

 なお、成長しきったオオオニバスはこんな感じの外見である。

 

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葉が分厚い上にたらいのような形で実に頼もしい。

どうだろうか?乗ってみたくなっただろうか?

 

見よう見まねで作ってみることに

読者の共感が得られたと信じて、とりあえず作っていくことに。

 

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まずは塩ビパイプをつなげて輪っかを作る。大きさの目安は自分の身長だ。

周囲のことなどおかまいなしにフラフープ代わりに回したらさぞかし面白いだろう。

 

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10cmおきくらいに穴を開けて

 

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円内に収まるように切った3cm厚の発泡スチロールを仕込む。こいつが浮力を生んでくれるはず。

 

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発泡スチロールが輪の中に収まったら、最初に開けた穴にひたすら糸を通して固定していく。

固定に使ったのは100均の麻紐だったのだが、穴を通す際に削れて細かい糸くずを撒き散らすので、花粉症のように鼻や目が痒くなった。ただの塩ビパイプと発泡スチロールが、俄然、植物に近づいた気がしてきた。

 

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糸を通し終わったところ。

放射状に糸を張ったのは、真ん中に乗った人間の重さが周囲の塩ビパイプに均等にかかるようにするためだ。結果的に葉脈っぽい見た目になった。

先ほどよりさらに植物に近づいたようで、気分が舞い上がる。

 

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それなのに...それなのにだ。ブルーシートを被せたら一気にただの子供用プールみたいになってしまった。

なんだろう、やはりオオオニバスは大人が乗るものではないのだろうか?さっきまでの高揚感が白昼夢のように引いていくのを感じた。

しかしながら、今から根本的な作り直しなどできない。開き直って、先に進むしかないのだ。

 

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アクリル絵の具で着色する。

ブルーシートが絵の具を弾いてしまうので苦労した。そういえば、蓮の葉が水を弾く原理を応用したヨーグルトの容器の蓋があったような...。とすればこれは材質的にもほぼ蓮の葉なのでは。

 

蓮の葉に近づいたと喜んだり、一転してただの子供用プールに見えてきたり、期待と絶望のジェットコースターのような乱高下にすっかり疲れてしまった。はたして、こいつに乗って浮くことは可能なのだろうか?

大きいので移動させるのも大変である

運ぶ手段をまったく考えていなかったことに気づく。車がない(そもそもあっても積めない)ので、人力で水辺まで運ぶしかない。

 

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転がしてみる。

ギャートルズとかに出てくる、ステレオタイプ石器時代の通貨のようだ。

ゴロゴロと蓮の葉を転がしながら、古代人の買い物に思いをはせる。こんなに軽いものを転がして移動するだけでも大変なのだから、やっぱりあの大きな石のお金はフィクションなのだろうと思った。(が、帰ってからググったら実在することがわかった)

 

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担いでみる。

オオオニバスの葉から人間の下半身が生えたオオオニバス人間。マタンゴならぬ、ハスンゴだ。

 

よさそうな岸辺を発見!

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そんな、運び方を試行錯誤しながら歩くこと1時間超。流れが穏やかで膝ほどの深さの、都合のよさそうな岸辺を見つけた。

オオオニバスを浮かべる」という視点で探すと、見慣れた川も非常な急流に見えてしまう。だから、ベストなコンディションの場所を探すのに4kmくらい歩いてしまった。

 

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川面を覗き込むと、ミドリガメミシシッピアカミミガメ)が大きな魚の切り身をくわえて泳いでいた。そう、ここは弱肉強食のアマゾン川オオオニバスの故郷まで歩いてしまったのだ!(アマゾンにミドリガメはいない)

 

いよいよ浮かべて乗ってみる

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そろりそろりと水に入れていく。

 

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浮いた!しかし、着水したとたんに縁の外側の、水に接している部分の塗装がみるみる剥がれて流され始めた。偽物は、水に弱かったのだ。

現在進行形で化けの皮が剥がれていることに焦りつつも、試しに片足を乗せてみた。ブヨンとした水の感触があって、足が水面下に5cmくらい沈んだ。

「あ、無理っぽい」

直感的にそう思ったけれど、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

両手両足を使って体重を分散させながら、上に乗ってみる。

 

 

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大方の予想に反して、なんと沈まないではないか!

しかしながら、半笑いで「流されてる」とか言ってる場合ではなかった。

 

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石段に引っかかって崩れた縁から水が流れ込み始めたからだ。

 

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水にさらされて波打ったブルーシートから、塗装がさらにボロボロと剥がれる。

もう1回、もう1回だけ!

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中の水を出して、縁の部分を応急修理する。

一度中に水が入ったことで、一層よれよれになってしまった。挑戦はあと1回が限界であろう。

読者は「乗れたんだからもういいじゃないか」と思うかもしれないが、違う。

上に立つのが夢なのだ。

 

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そーっと、そーっと...

ダチョウクラブの人たちは、いつもこんな緊張を味わっているのだろうか。しかも、衆人環視のもとで。

 

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まずは片足。

 

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そして両足!沈...まなかった!絶対に沈むか踏み抜くかすると思っていたのに、手作りオオオニバスの強度が私の両足を受け止めてくれたのだ!

色が剥がれてきてボロボロだけれど、紛れもなくオオオニバス(のようなもの)の上に立った瞬間である。

 

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足元がフワフワとしていて頼りない。水の上を歩いているような、不思議な感触だ。本物のオオオニバスもこんな感じなのだろうか?

ブルーシートの下の麻紐の感触が足に伝わる。本物のオオオニバス乗った時も、葉脈の感触を足裏で感じるのだろうか?

しかし大人になってしまった今、それらを確かめる術は永遠に失われてしまっているのだ。

 

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役目を全うして、水から引き上げられたオオオニバス

なんというか、不法投棄された粗大ゴミにしか見えない。こんなにボロボロになるまでがんばって...と、液体金属ターミネーターにボコられたシュワルツェネッガーを見たときのような気分になってしまった。ありがとう、オオオニバス

 

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首尾よく上に乗ることが出来たら、上で食事してみようとか考えていたのだが、そういったことを実行する前にオオオニバスはクタクタになってしまった。

 

しかしながら、作り物とはいえ「オオオニバスの上に立つ」ことが実現できたのでうれしかった。乗る直前まで「正直、これは沈むかも」と思っていたことも、上に立てた瞬間の興奮に一役買ったようである。というか、喜びの半分くらいはこの「苦労して作った物がちゃんと浮いた」ことによるものだったのかもしれない。最初から生えているオオオニバスに乗っても「わー、本当に浮いた」で済ませてしまっていただろうから、ちょっとだけ得をした気がしないでもない。

 

もしこの先

オオオニバスに乗ったことがありますか?」

と聞かれることがあったら、

「もちろんありますとも。しかも自分で作ったやつに乗ったんですよ」

と答えて相手を驚かせてみたいと思う。

 

おまけ

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使い終わったオオオニバスは、ビニールシートの間に水が入って重いので、分解して持ち帰ることにした。こんな感じの名画があった気がする。

 

 

 

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低原価率な串カツの極北を探る

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中学のときに通っていた学習塾の社会科教師は、授業中に頻繁に面白い雑談を始めるので生徒から人気があった。中でも印象に残っているのが串カツに関するお話だ。

「昔、(大阪の)難波で串カツを買い食いしたんや。そしたら、一口かじってみて驚きや。小指の爪くらいの大きさの豚肉に、どうやったらこんなことができるんや!っていうくらい分厚い衣がついとった。極限まで原価率を下げたかったんやな」

阿漕な業者がいるものである。が、度が過ぎてお粗末なものがあると聞くと、ちょっと行って見てみたくなるのが、人間の性というものだ。

大阪で串カツを食べた回数はもはや確かめようもないけれど、私は幸いにしてそのような着膨れした串カツに当たったことはない。ひょっとしたら、そういう店は悪どいことをしすぎたせいで淘汰されてしまったのかもしれない。

しかたがないので、自分で悪徳串カツ屋になってみることにした。

  

分厚い衣をつけるには...

衣を分厚くするには、大きく分けて二通りのやりかたがある。名付けて、 アメリカンドッグ型とバームクーヘン型だ。

アメリカンドッグのような、もったりとした生地を肉にまとわせて揚げたもの。生地の粘度が高いので、分厚く衣をつけることができる。アメリカンドッグのソーセージが、普通の肉に置き換わったものと考えてよい。

調べてみたら、このタイプの串カツを提供する店は今でもぼちぼち存在するようだ。むしろ衣の厚さを売りにしている店もあるとか。もちろん、そういう店は「衣で体積を稼いだ分肉を小さくする」などというセコいまねをしていないことは言うまでもない。

  • バームクーヘン型

小さな肉に衣をつけて揚げて、つけて揚げてを何度も繰り返し、少しずつ大きく育てていくやり方。

私は、件の社会科教師が食べたのは、こちらではないかと思っている。

アメリカンドッグ型の串カツは、あまりにアメリカンドッグ的であるために、作り方について疑問を抱く余地がないからだ。

 

バームクーヘン型串カツを再現する

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肉を切る。

右が比較のために作る普通の串カツ用の肉、左が分厚い衣をつけるために小さく切った肉だ。

 

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余談だが、肉に串を打つのが意外に難しかった。弾力があってなかなか串が刺さらないし、かといって力をかけすぎると、勢い余って自分の手に串を打ってしまうかもしれないからだ。

肉に串を打とうとすると、自分の手に串を打ちそうになり、肉にスパイスをまぶして揉み込むと、知らずうちに自分の手にもスパイスの香りがしみ込んでいる。料理する側とされる側は、実はそんなに違わない。

 

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なんとかうまく串を打てた。 

 

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小麦粉→卵→パン粉の順番にまぶしていく。衣をまぶす段階で指先がベトベトになりがちだが、串を打ってあるのでその点は安心である。

 

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まずは普通のサイズに切った肉から。肉がうっすらと透けて見えるほど薄い衣だ。

 

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満を持して油に投入。

私は揚げ物を揚げる音が好きだ。まるで季節外れの蝉時雨を聞いているような気分で、楽しく調理を進めていく。

 

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火が通ってきつね色に色づいてきた。片面だけを熱しすぎないように、たまに串の部分を持ってひっくり返してやる。菜箸を使わなくてもよいので楽である。ここでも、串の存在が調理の手間を削減してくれる。

 

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美しいきつね色になったタイミングで引き上げた。なんて美味しそうなんだろう!

自信はついた。では、本番に移ることにしよう。

 

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一層目は普通のカツと同じように衣をつける。

つまり小麦粉→卵→パン粉をまぶす。

 

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小さい分、火の通りは早い。短時間でサッと揚げる。

 

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あっという間に揚がった。それにしても小さい!

いや、小さいのは揚げる前からわかっていたのだが、右に並んだ普通のカツと比べると一層その貧相さが際立ってしまう。

 

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この貧相なやつを、いかに大きく膨らませてやれるかが、悪徳串カツ屋の腕の見せ所だ。

ここからは小麦粉をまぶす工程を省いて、卵→パン粉→卵→パン粉と2回衣をつけてから揚げることにした。

 

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この一つまみが串カツを大きくするかと思うと、パン粉をまぶす手にも自然と力が入る。

 

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人類が火を使った調理を始めてからというもの、加熱中の食材をどう操作するかというのは、ずっと大きな課題だったに違いない。

食材を焚き火の中に放り込んで、火が通ってから棒切れでかき出すのでは、手を火傷する心配はないだろうが、食材が灰や土にまみれてしまう。かといって、素手で安全に扱えるほど火から離したのでは、いつまでたっても生焼けのままだろう。

何万年とかいう長い間、彼らはそんなジレンマに苦しんでいたのだ、たぶん。

そんなある日、特別に賢いご先祖様が現れた。モズの早贄を見て思いついたのか、モノリスに触発されたのかは不明だが、彼は食材を棒に刺すことを思いついた!

今日、我々が食べる串カツは、全て彼の閃きの延長線上にあるものだ。串を持つたびに感謝せねばなるまい。

 

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余計なことを考えていたら少し焦げた(写真右)

 

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普通なら、焦げた串カツなど客には出せない。しかしこのバームクーヘン型串カツは、一番外側の層さえ綺麗に揚げれば何の問題もないのである。なんて店に優しいんだろう。

 

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3層目にして、遜色ない大きさに育った。立派になって...と感動もひとしおである。

 

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育っていく過程をGIF動画にしてみた。

左に写った串カツの大きさは変わらないのに、右の串カツだけが写真を撮るたびに大きくなっていく。まるで、子供の成長の節目節目で撮影された親子の写真を見ているようだ。

試しに、「あなたに会えて本当に良かった♫」というフレーズで有名な、生命保険会社のCMで流れる曲を聞きながら見てみてもらいたい。切ない気分になることは請け合いだ。

 

味は思ったより悪くない

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感傷に浸るのはほどほどにして、冷めないうちに食べてしまおう。

 

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まずは普通の串カツから。

 

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うん、美味しい!当たり前なのだが、すごく美味しい!

さっくりとした衣に、程よく火の通ったジューシーな肉。揚げ時間をフィーリングで決めたにしては、素晴らしい出来だ。家で作る串カツもいいもんである。

 

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次、真打あらわる。

ムシャリ......

 

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......卵? 

 

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「おかしいな、卵の味しかしない」

と思ったら、ぎりぎり肉まで到達できていなかった。

 

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もう少し食べ進めてみたところ。ようやく肉に歯が届いた。

食べてみての感想だが、肉が小さい分、やはり物足りない......と思いきや、案外これはこれで悪くない。

まず、肉の味が薄れた分を、衣に使った卵の味が補完してくれているのだ。

次に食感だが、何層にも入り乱れた衣のおかげで歯ごたえが単調になることを回避している。

 

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わかりやすいように、各層を色付けしてみた。

ハンバーガーでも、分厚いパティを一枚だけ挟むよりも、薄めのパティを何枚も挟んだほうが、合計の厚みは同じでも歯ごたえが複雑になって美味しく感じることがある。あれと同じことが起きているのかもしれない。

最後に、これは自宅で食べる時しかできないのだが、ソースを2度漬けしたときに普通の串カツと比べて衣がたくさんのソースを吸ってくれるのも特徴だ。衣の層と層の間の部分がスポンジとして機能してくれているからである。

もっとも、今回は市販のウスターソースをだし汁、砂糖、醤油で割ったものをつけて食べたので、そのようなソースドボドボ状態を美味しいと感じたが、普通のソースでは辛くなり過ぎてつらいだろう。

 

結論を言うと、バームクーヘン型串カツは美味しかった。でも、1本200円とか払ってこれが出てきたら、ちょっとモヤモヤしてしまうだろう。食べログに嫌味の一つも書いてやりたくなるかもしれない。 

 

実際のところ、安く仕上がっているのか?

さて、肉を小さく、衣を分厚くした串カツが、不味くはないどころかむしろ美味しいものであることはわかった。しかしながら、果たして本当に低コストに仕上がっているのか、実際に作ってみて疑問に感じたため、そこのところを最後に少しだけ検証してみたい。

まずは肉が小さくなったことによるコストカット効果だ。実は、肉には内緒で、彼らの重さをはじめに測ってあったのだ。

 

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普通の串カツ用の肉は約20g。

 

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小さい方の肉の重さは......なんとゼロ!え、無を串に刺して揚げていたの!?

奇妙な気分になったが、要するにこれは測りの仕様の問題で、0.5gより低い値は強制的にゼロと表示されてしまうんである。

0gだろうが0.5gだろうがあってないようなものであることには変わらない。

仮に100円/100g(=1円/1g)の激安豚肉を使ったとして、串カツ1本あたり20円の節約効果があることがわかった。

 

「やっぱり安くなるんだ!肉のほとんど入っていない串カツ屋をやって儲けよう!」

と考えるのは早計である。話はそこまで単純ではない。仕事の世界には人件費というものが存在するからだ。

 

では、串カツを揚げるという行為のために私が浪費した時間を見てみよう。

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普通の串カツを作るのにかかった時間は、3分10秒だった。

 

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対して、「衣をつける→揚げる」の工程を3回繰り返してバームクーヘン型串カツを完成させるまでにかかった時間は、なんと6分5秒!ほぼ倍の時間がかかっていたのだ。

 

今、大阪府の最低時給は936円である。よって、3分なら47円、6分なら94円の人件費が発生する。

まとめてみるとこうなる。

(厳密に計算するなら、肉を減らした分だけ増加する衣の原材料費を考えるべきなんだろうが、衣の材料は安く、なにより計算が面倒になるので潔く無視する)

 

  普通の串カツ バームクーヘン型串カツ
  20円     0円
人件費   47円     94円
合計   67円     94円

 

やっぱりね。作ってる時から、こんな悠長なことやってていいのかと思ってたよ。

残念ながら、肉を小さくして代わりに衣を何重にもつけるやり方は、全く低コストではないことがはっきりした。どうりで、そんなことをする店が見つからないわけだ。

 

ここで終わってもいいのだが、せっかくだから昔はどうだったのか試してみよう。1980年の大阪府の最低時給である375円で計算すると、以下のようになる(豚肉の値段は、驚くべきことにここ数十年ほぼ横ばいかむしろ下がっているくらいなのだそうだ。だから、ここでは人件費の項目だけをいじってやる)

 

  普通の串カツ バームクーヘン型串カツ
  20円     0円
人件費   19円     38円
合計   39円     38円

 

なんと、僅差でバームクーヘン型串カツのほうが安い!

そもそも肉が小さくて衣が厚い串カツ自体が教師のでっち上げだったのではと疑い始めていたのだが、一応ありえない話ではなかったのである。先生、疑ってすみません!

人を安くコキ使える状況では、このモデルは成り立ってしまう。逆に言うと、少しでも時給が上がると破綻をきたすわけで、悪徳串カツ屋は、まともな給料を払うと経営が立ち行かなくなるブラック企業の先駆けと言えるのかもしれない。

いずれにせよ、現代ではこんな回りくどいものを作る価値はほとんどないことがわかって、すっきりした気分である。

 

なんだか寓話みたいなオチになった。この記事を読んだ人は、貴重な時間をズルをするためではなく真っ当なことをするのに使ってほしい。

 

おまけ

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水を飲んで膨らむクサフグ

いくら自分を大きく見せようとしても、はじめから大きな相手には敵わない。

 

 

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秋の富士山はキノコ好きにとってまさに天国だった

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「本当にたくさん生えてて、すごく面白いから!」

関東在住の友人から、富士山でキノコ狩りをしようという誘いが来たのは9月末のことである。聞けば、キノコスポットを教えてくれる案内人の当てもあるという。

長野でベニテングタケと感動的な出会いをしてから、ちょうど2年ほどたとうとしていた。久々に東日本のキノコに会いたくなったので、誘いに乗ることにした。

 

集合場所は五合目、標高2000メートル

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友人宅のある八王子でレンタカーを借り、途中で同行者をピックアップするなどしながら、案内人氏が指定した集合場所に向かった。

車中では、今日はどんなキノコが採れるかという話でもちきりで、私たちはみんな本当にわくわくしていた。わくわくしすぎて、集合時間に1時間近く遅刻してしまったほどだ。

「わくわくしすぎて遅刻する」というのは、なかなか理解されないと思うので経緯を補足しておくと、

  1. 楽しみだから早起きして予定の時間よりもちょっと早めに出発する
  2. 「あれ?意外と時間に余裕があるじゃん!」ということで、下道で行こうということになる。料金の節約になるし、なにより下道は高速道路と違って、風景その他が変化に富んでいて面白いのだ。
  3. 思ったより時間がかかって遅刻する

ということである。ダメな人間には、ダメな人間なりの理路があるというものだ。

ともかく、曲がりくねった車用登山道を急いで走り抜けたことによる車酔いと、気圧の変化でキンキンする耳を引っさげて集合場所の五合目登山口(標高2000m)に着いた頃には、時刻は12時に迫ろうとしていた。

初っ端からつまづいたわけだが、それでも車を止めてドアを開けた瞬間に流れ込んできた空気はとても清々しくて、車酔いの吐き気は流れ去ってしまった。

 

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登山口手前にある菊屋という山小屋で、寒い中1時間近くも待たされたにしては思ったより機嫌の良さそうな案内人氏と合流する。

 

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山小屋には、各種キノコの菌床も売っていた。何も採れなかった場合のアフターケアもばっちりと言うことやね...。

 

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山小屋脇の休憩スペースには、すでにキノコを採り終えて戻ってきたらしい人たちがたむろしていた。机の上に採ってきたキノコを広げて、なにやら楽しそうに談笑していた。

後になって、彼らはただ単に談笑していたわけではなかったことを知るわけだが、このときは籠の底が見えないくらいたくさんのキノコに期待が膨らませただけだった。

 

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それにしても、周囲のキノコ採り人たちがみなきちんとした籠を持ってきているので、「とりあえず入れられればいいだろう」と数枚のレジ袋を引っつかんでやってきた私のような人間は大変に肩身の狭い思いをさせられた。こういう袋タイプの入れ物は、畳んで持ち運ぶには嵩張らなくて便利なのだが、中に入れたキノコが潰れやすいのだという。そういう大事なことは先に教えてほしいと思う。

 

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改めて我々のグループの面々を見ると、みなとても山に入るとは思えない出で立ちである。中には、一歳児を背負っている者までいる。

無事に帰ってこられるのだろうか?準備不足感は否めないが、我々は山に入った。

 

案内人氏に導かれて、一行は湿り気スポットを目指す

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キノコシーズンには頻繁に富士山にやってくるという案内人氏は、さすがにそれらしい格好だ。

キノコは湿った場所に生えることが多いので、乾燥した登山道の周囲にキノコの気配は希薄である。キノコ狩りをするためには、正規の登山道から外れた、湿り気スポットに行く必要があるのだが、我々のグループの中でその場所を知るのは案内人氏ただ一人だ。

目的地に着くまで、我々は旅の勇者一行よろしく、案内人氏の後を前を歩く者の足ものと見ながら一列になって(登山道は狭いのだ)歩くことしかできない。もし案内人氏が崖から落ちたりしたら、我々も後を追って順番に崖から落ちたことだろう。

 

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そんなふうにただ歩いているだけでも、普通の山にはない黒い玄武岩層が露出しているのが見られたりして楽しかった。溶岩で焼き尽くされた上に草木が生えて、土ができて、そこにキノコまで生えてくるのだから、生き物の力は偉大だ。

富士山では動植物の持ち出しは一切禁止されているのだが、キノコは菌類だから採っていいんだと案内人氏が教えてくれた。すかさず「では富士山で出産をした場合、生まれた子供は富士山から出られないのではないか」と同行者が質問したが、こちらは曖昧な笑みを浮かべて黙殺された。

 

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そうこうするうちに、急に開けた場所に出た。

 

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頂上の方を見上げると、気温の低い上の方から木々が赤く色づいてきているのが見えた。

 

キノコ・サンクチュアリは一面コケに覆われてふかふかだった

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藪を突き抜けると、地面がすっかりコケに覆われた場所に出た。本日の湿り気スポット、キノコ・サンクチュアリに着いたのだ!

湿った場所にはコケが生えがちである。コケの保湿作用で、そこはさらに湿り気を帯びる。コケが先か湿り気が先か。これは「鳥が先か卵が先か」という話に近く、いくら考えても結論は出ないのだが、一つ言えることがある。こういう場所には、よくキノコが生えるということだ。

 

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まず、一番頻繁に見かけたのが、このキヌメリガサ。

 

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たくさん生えているのだが、一箇所にまとまって生えるのではなく、ぽつりぽつりと点在するため、集めるのが大変だ。そのため、別名をコンキタケ(根気茸)という。

 

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そして、こちらがそのコンキタケに似た形のニガクリタケという毒キノコだ。なおこのニガクリタケにそっクリなクリタケというキノコもあり、大変にややこしい。

 

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この真黄色のキノコは、カベンタケモドキ。毒がない代わりになんの味もしないのだが、見た目の華やかさ(この黄色は加熱しても色落ちしない)故に正月料理などに重用する地域もあるという、なかなか寓話的なキノコだ。

あちこちに生えている上に、派手な色のおかげで目立つため最初こそたくさん集めていたのだが、前述したとおり味がないそうなので、途中から採るのをやめた。

 

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ニョキッ!という擬音がつきそうなまっすぐな生え方のツバアブラシメジ。

 

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名称不明のキノコ。サンリオのリトルツインスターズの背景に紛れ込んでいそうだと思った。

 

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見て!見て!大きなハナイグチ!

大きなキノコを見つけると、瞬間的に興奮状態に陥ってしまい、周囲を困惑させることになる。

 

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猛毒のシャグマアミガサタケもあった!怖い!

シャグマアミガサタケの毒成分はジロミトリンという物質で、そのまま食べると最悪死んでしまう凶悪なものだ。一応、茹でて茹でて茹でこぼしまくることでジロミトリンが加水分解されメチルヒドラジンに変化、さらにメチルヒドラジンが気化して抜けることで食べられるようにはなる。なおこのメチルヒドラジンという物質はロケットの燃料にも使われる物質で、あの有名なテポドンにも積まれていたらしい。聞けば聞くほど物騒で、魅力的なキノコだ。ただ、探してもこの1本しか見つからず、1本だけで長時間茹でるのは面倒なので今回はパス。

 

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キノコとは違うが、真っ赤な地衣類がとても綺麗だった。

 

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これも、よくわからないながら美しかった。菌類だとは思うのだが......。

 

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時間を忘れて夢中でキノコを探す一行。

「ニガクリタケとかシャグマアミガサタケみたいに毒キノコとわかるやつは捨てるとして、僕もよくわからないやつがあるから、判断に困るやつはとりあえず持って帰っちゃっていいよ」

と言われたので、採ったやつはとりあえず袋に入れていく。

キノコを採ることに疲れたら、ふかふかのしたコケの上に腰を下ろして休憩した。下手なイスよりもずっと座り心地がいい。

どこまでも続くコケの絨毯と、そこかしこに生えるおびただしいキノコ。ここは天国なのだろうか?そうなのかもしれない。このままキノコを採ることに夢中になって、森の奥へ奥へと進んでいったら、本当に帰り道がわからなくなって天国まで行くしかなくなりそうだ。現にさっきからとても静かだと思ったら、目の届く範囲には誰もいないではないか。

そんな、少し怖い想像をしながら、それでもキノコを探していたら、LINEの着信音が鳴った。

「子供が疲れてるみたいだから、先に小屋まで戻るわ」

いまどきの天国は、電波も通っているのだった。

 

採ったキノコは、なんと鑑定してもらえた

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有象無象のキノコで一杯になった袋をぶら下げて山小屋まで戻ってくると、案内人氏が採ってきたキノコをすべて机の上に出して広げるように言う。

 

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言われるままにキノコを袋から出すか出さないかのうちに、横の机で他の客たちと話していた人が近づいてきた。彼は手袋をはめ、おもむろに

「この辺は全部大丈夫。これはダメ」

などと言いながらキノコをより分け始めた。驚く我々を尻目に、あれよあれよという間に仕分けられていくキノコたち。

案内人氏の説明によると、この人は富士山に通い詰めているキノコ名人なのだそうだ。キノコシーズンには、ほぼ必ずといって良いほどこの場所にいるため、キノコを採集したはいいが毒キノコが混ざっていないか自信のない人が鑑定を頼みに来るのだそうだ。

なるほどわかった、だから案内人氏は、「よくわからないやつもとりあえず持って帰っていいよ」などと言ったのか!

 

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鑑定はものの数分で終わった。あんなにたくさんあったのに、やはり熟練者の手さばきは違うというものだ。

採ってきたキノコは、だいたい食べても問題ないものだったのだが、よくわからないからと言ってとりあえず持ち帰ったものの中にはそうでないものもあった。

中でも危なかったのが、このドクササコだ。見た目は地味だが、食べると手足が猛烈に腫れ上がり、強烈な傷みが数週間続くという、冗談みたいに危険なキノコなんである。

 

山小屋で買ったソフトクリームを食べながら、鑑定を終えた恩人とも言える名人としばし話す。

富士山にはキノコ名人と言える人間が複数存在していて、ある名人などは興味本位で「キノコのこと教えてください」と言ってきた3人組の女性を、半日山の中を連れまわしてひたすらキノコについて語り続けたそうだ。

キノコ愛を暴走させている人にとっても、これからキノコについて詳しくなりたい人にとっても、富士山はやはり天国なのであった。

 

もって帰ったキノコは、ひたすら洗う

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野良キノコには、土や虫がついている。家中の鍋を総動員して塩水に1時間ほど浸けて虫出しした後、一つ一つ洗って、根元の石づきを切り落とす。

 

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ハナイグチとキノボリイグチはぺペロンチーノとクリームパスタになった。イグチの仲間は笠の裏がスポンジ状になっているので、ふわっとした食感と、噛むと旨味の濃縮された汁がじゅっと出てくるのが特徴だ。

 

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キヌメリガサ(コンキタケ)はミートソースに。ヌメヌメとした食感が歯と舌に気持ちいい。

 

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カベンタケモドキは味噌汁に入れられた。聞いていたとおり、色は鮮やかなままだが何の味もしなかった。

 

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最後の〆は、残ったキノコを全種類入れた、厚揚げのキノコ餡かけだ。

「この中に毒キノコはないですよ」と、名人がお墨付きをくれたからこそ出来る贅沢、安心安全に裏打ちされた味だ。

 

今回のキノコ狩りは、採集場所とキノコの判別という、キノコ狩りで苦労する二大要素を両方とも人から提供してもらえるという、ありえないくらい贅沢な体験だった。また行きたい、鑑定してもらいたい......というと、毎回他力本願で向上心がないみたいだが、やっぱりまた行きたいし、できることなら採ったキノコを鑑定してもらいたいと思う。

 

 

 

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漂着したアカウミガメを埋めた話

大きめの動物の死体の写真が出るので、そういうのが苦手な人は私が旅先で撮ったキュートな鬼の写真を見て引き返すように。

 

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大きなウミガメを見つける

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先日、用事があって三重県津市を訪れた。

友達と旅行に行った帰りに自分一人抜けてきた(冒頭の鬼はその旅先で撮影したものだ)こともあって、到着した時には日が傾いていたのだが、せっかくなので宿に行く前に海岸を散策してみることにした。このあたりは潮の流れの関係か漂着物も多いと聞いていたので、何かしら面白いものが拾えないかと期待したからである。

暗くなるまでの、ほんのちょっとの間だけの散策にしよう。そう思って砂浜に出たところ、5歩くらい歩いたところで大きなウミガメの死骸を見つけた。驚いた。驚いたのと同じくらい、呆れてしまった。これではあまりにもほんのちょっとすぎるというものだ。

ともかく、見つけた以上はなんとか回収して標本にしてやりたい。実のところ、ここ数年間ずっとウミガメの骨格を組み立てていたいと思っていたのである。棚からぼた餅が転げてきても、床に落ちる前に受け止められなければ、かえって悔しい思いをするだけだ。なんとか...なんとかしてこいつを運ぶ方法はないものか。暗くなり始めるまで考えたがどうにもならない。

「明日また来るから、それまでは勝手に波にさらわれて海に帰ったり、知らない人に埋められたりするんじゃないよ」

 翌日になれば同行者を連れてくることができる。それまでに無くなったりしないよう、願をかけてその日は現場を後にした。

 

運んで埋めようとしたけれど

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 翌日、用事を済ませて駆けつけたところ、ウミガメは相変わらず同じ場所に横たわっていた。波にさらわれたり、漂着した死骸を埋葬と称してそこらに埋めてしまう住民に見つかったりはしなかったわけだ。

改めて見ると、メスのアカウミガメだということがわかった。大きさからして、自分よりも年上かもしれないと思った。

若干及び腰の同行者氏とともに、浜で見つけた適当な板切れをウミガメの体の下に差し込んで動かそうとしたのだが、これが意外に重たい。大人の男二人が「せーの!」と掛け声を合わせて引っ張ってみても、一息でせいぜい20センチくらいしか移動しない。

私は、この段階においても「動くことは動くんだから、頑張れば波に流されない辺りまでは移動させられるだろう」と思っていたのだが、いち早く現実を悟ったらしい同行者氏は「海底クラブ君、これをどこまで運ぶべばいいんだい?」と聞いてきた。波打ち際からかなり内陸に移動した松林のあたりを指差した私を見て、彼は「本気で言っているのかしら?」という表情をした。そして、その顔を見て、私も「あ、これ無理かも」と思うに至った。コミュニケーションにおける表情の役割は大きい。今、回想してみるに、二人+拾ってきた板切れで自分より重たいであろうウミガメを運ぶのは、どう考えても無理だった。

 

救世主現る 

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付近の砂浜で工事をしていたおっさんにダメ元でウミガメを運ぶ手伝いをしてくれないか聞いてみたところ、なんと工事を中断してユンボで運んでくれることになった。あまりにも寛容すぎて、ありがたいを通り越して「大丈夫か、この人」と心配になった。

 

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カタカタカタとキャタピラの音を立てながらウミガメに近づいてくるユンボを見ながら、私は不思議な気分に浸っていた。もちろん、こうなることを期待して工事の人に声をかけたわけではあるが、すんなり聞き入れられて実現してみると、奇妙な現実感のない光景だった。

ユンボの運転手にしても、まさかウミガメの死骸を運ぶ日が来るとは思っていなかったに違いない。もっと言うと、アカウミガメにしてもまさか死んでからこんな目に会うとは想像だにしなかったはずだ。これが漫画なら、私も運転手もウミガメも「ひえー」と驚き呆れた声の吹き出しを頭のそばに浮かべていることだろう。

 

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機械の力はすごい。あれだけ必死になって1メートル足らずを動かしたのはなんだったのだろう?

 

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かくして、アカウミガメは安全な場所で砂に埋められ、白骨化するのを待つところになった......となれば良かったのだが話はここでは終わらない。

後日、博物館の学芸員氏に「この前、ウミガメを見つけて埋めたんですよ」と話したところ、「ウミガメの甲羅は、砂に埋めたらバラバラになって、白骨化しても組み立て直すのは難しいですよ」という、なんだよそれは先に言ってくれよと八つ当たりしたくなるような返事をいただいた。

それで、今は一旦埋めたウミガメを掘り返して、甲羅だけ引き剥がして持ち帰る算段を立てている。

 

 

 

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口を利かないやつらの素晴らしさよ

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子供が上に乗っても沈まないという、あのオオオニバスを観察したいと思って、京都府立植物園に行ってきた。

あいにく、目当てのオオオニバスは発育途上であり、子供はおろか猫が乗っただけでもぶくぶくと沈んでしまいそうな貧相な大きさで、しかも岸から離れているため遠目にしか見ることができず、残念だったのだが、直後に見つけた看板に書かれていた文言に、萎えた気分は踵を返すように色めき立った。

 

バオバブの花、開花中」

 

植物園なんて滅多に来ないのに、それがバオバブの開花時期にバッティングするとは、なんて運がいいんだろう。入園料200円に加えて、さらに200円の温室観覧料を支払い、巨大なガラス張りの温室に入室した。

前にこの温室に入ったのは、ひょっとしたらもう10年以上前だったかもしれない。以前は、珍妙な形の植物がたくさんある、くらいの感想しか抱かなかったような気もするが、久しぶりに温室内の植物たちを眺めてみると、ひとつひとつが本当に個性的でおもしろい。

安定感の権化のような、末広がりの幹をもつトックリヤシがある。尾を引いて飛ぶ人魂のような形の葉をたくさんつけたインドボダイジュがある。オレンジ色の実が鈴生りになったカカオの木がある。温室は、室温や湿度に応じていくつかの部屋に分かれているのだけれど、部屋から部屋へ移動するたびに空気の匂いがぜんぜん違うことにも感心した。沖縄とか北海道とか海外とか、遠くに旅行したときに感じる漠然とした空気の違いみたいなものは、植生の出す香りの違いが一役買っているのかもしれないと思った。

バオバブのところまでやってきた。写真で見たマダガスカルバオバブよりはずっと小さかったけれど、筋肉がついてむちっと膨らんだような幹は健在。夜に咲いて翌日の昼には落ちてしまうという花は、運良く一つだけ落ちずに残っていた。枝からヒョロヒョロとぶら下がって咲いている花や開花待ちのつぼみたちは、きれいと言うよりはコミカルであった。一帯には甘い匂いが立ち込めていたが、これがバオバブの花の匂いなのか、近くの他の植物から出ているものなのかはわかりかねた。

順路に沿った展示も終わりに差し掛かる頃、対人コミュニケーションに飢えていると思しき老人が、単独行動中の若い女性にしきりに話しかけているのに遭遇した。「一人で来たの?」とか「どこから来たの?」とか、しょっぱなからタメ口なのがありがちだなあなどと聞き耳をたてつつ通り過ぎた。

もし仮に、動植物が人語を操るようになったらどうだろう。最初のうちこそ、もの珍しさやら、今までわからなかった気持ちを知りたいやらで、狂喜して会話するに違いない。でも、だんだん話が出来ることに慣れてくると、やっぱり気の合うのとそうでないのが出てきて、というか気が合わないやつの方がほとんどで、話しかけるのも話しかけられるのも億劫になってしまうだろう。考えてみれば、口の利ける昆虫とか、めちゃくちゃウザそうではないか。

木は偉い。何十年とか何百年とか生きていても、誰にも藪絡みなどしないのだから。動物も植物も決して話しかけてきたりすることはない。哺乳類なんかを相手にすると、「あれ、これって意思疎通できてるのでは?」と感じる瞬間もあるにはあるが、彼らも基本的には自分のことしか考えていないと見ていただいて差し支えない。だからこそ、素晴らしいのである。

 

 

 

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銘菓「砂防ダム」を作る

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毎日、暑い。

うんざりするほど、本当に、暑い。

こう暑いと、「日本の夏」などというどこか趣ある呼称は不似合いだ。最高気温35℃以上を記録した日は、「ナツ」とは区別して「アツ」という第五の季節として扱ってやるべきだろう。

「アツ」バテ気味で横になっていたある晩、ダムを模した菓子を作ってやろうという閃きが突如頭に降ってきた。何を言っているのかわからないと思うが、風鈴が涼しげな音で暑さを忘れさせてくれるように、頭からドバドバと水をぶっ掛けて強制冷却してくれるような、そんなダムのイメージを利用した涼菓が新しい季節にはふさわしいと思ったのである。

 

銘菓「砂防ダム」のできるまで 

一口にダムといっても様々だが、菓子のモチーフには砂防ダムを選んだ。大型の貯水用ダムは山奥まで行かないと見られないが、砂防ダムはちょっとした川などにも設置されている。動物園のライオンと近所の野良猫くらいの違いがあるのだ。新しいお菓子は、庶民的で親しみやすいものであってほしいから、砂防ダムの方が相応しいのだ。

メインの材料には、寒天を使うことにした。何年も前に買った天草(寒天の材料になる海藻の干物)が冷蔵庫のすみに待機していたし、なにより青臭い磯の香りが夏のダムを連想させるからだ。

 

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寒天を流し込んで砂防ダムの形に固めてやるためには、まず原型になるミニ・砂防ダムを作り、そいつを元にして型を作ってやる必要がある。

最初に用意したのは、木の板と紙粘土だ。

(ところで紙粘土のパッケージに書かれた「白くてつよい」というフレーズに読者は何を連想したでしょうか?私はマシュマロマンを思い浮かべました)

 

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 まず、木の板の上に紙粘土を盛り付けて、水の流れやすそうな谷の地形を作ってやる。

 

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ダム本体はダンボールに切れ込みを入れて作る。紙粘土とダンボール、なんとも頼りないダムだ。実際に使ったら1分と経たないうちに溶けてしまうだろう。

 

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砂防ダムの"あの形"に切り出して

 

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何枚か重ねて厚みを持たせた物を谷に埋め込んでやる。

 

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形を整え、紙粘土を水で薄く延ばしたものを全面に塗って、完成。

着工から完成までにかかった時間は約40分。ひょっとすると世界一短期間で完成したダムかもしれない。

 

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原型が出来たので、型をとっていく。

用意したのは型取り用シリコン。

 

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シリコンと硬化剤をよく混ぜ合わせてから、タッパーの中に鎮座するミニダムの上に静かに流し込んでやる。

型取り用シリコンを使って型を取るのはこれが初めてだったのだが、シリコンからカルピスにそっくりの香りがするので驚いた。

 

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そんなこんなで型が完成。

ここから、ようやくお菓子を作る工程が始まる。

 

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この、キツネから出てきた毛玉のようなモケモケが天草だ。

何年も前に和歌山を訪れたときに、旅先の浮かれ気分に任せて大量購入したものの、そもそもそんなに頻繁に使うものでもなく、また寒天や心太が大好物なわけでもなく、余らせていたものだ。冷蔵庫を開けるたびにこいつが視界の端にチラッと写り、後ろめたい思いをさせられていただけに、今回で使い切ってしまえるのがうれしい。

 

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水に少量の酢を加えたもので1時間ほど煮る。

 

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漉した煮汁を型に流し込んで

 

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冷え固まったところを取り出す。

ふむ......絶対になにか失敗をすると思っていたのだが、一度もやり直すことなすんなり仕上がってしまった。

 

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 自重で少し歪んでいる気もするが、砂防ダムの特徴である台形の切りかきもきちんと再現されている。十分に砂防ダムに見える出来と言ってよさそうだ。

 

ダムの目前で、ダムを食べる

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出来上がったお菓子をもって、本物の砂防ダムを見に来た。

どうでもいいのだが、小学校の修学旅行で訪れた淡路島で、牧場の牛を見ながらビーフカレーを振舞われたのを思い出した。

 

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水量が少ないからだろうか、上の窪んだところは乾いていて、壁面に開いた穴から川の水が流れている。

「食べないでー!」と叫びながら泣いている顔のようにも見える。

 

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そんな、ダムの声なき声は無視して、きな粉と黒蜜をそえて食べる。

では、食べ方を紹介しよう。

 

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まず、きな粉をかける。

 

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窪んだところにきな粉が貯まるが、これはダムの底に貯まった土砂を模しているのだ。本物の砂防ダムと同じで、ダム内に貯まったきな粉の量が多すぎると次の工程で苦労することになるので注意が必要である。

察しの良い読者はもうわかったと思うが、ここに黒蜜の川を流してやる。では、その様子を動画で見てもらいたい。

 

黒蜜の粘土が高く、氾濫したらどうしよう......と気が気ではなかった。上流から下流まで問題なく流れてくれて、一安心だ。

この日は例によって非常に蒸し暑く、砂防ダムは市街地から離れたところにあるため周囲には誰もいなかったのだが、菓子の上で目の前の砂防ダムを流れる水の流れがきちんと再現されたことに手を叩いて歓喜した。誰もいなくて良かったと思った。

 

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砂防ダムと銘菓「砂防ダム」のツーショット。

 

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ダムが半透明なので、中に貯まった土砂や水が透けて見える。解説用の模型を見ているようで、とてもおもしろい。

 

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 ダムを見ながら、ダムを食べる。

 

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少しぬるくなっていたけれど、美味しかった。少しだけ涼しいような気もしたけれど、それは目の前のダムがたてる水しぶきの効果だったかもしれない。実際に涼しくなったかどうかはさておき、天草を煮て型抜きして、出来上がったダムの上を黒蜜が流れるところを観察してと、なかなかに楽しい、オリジナルな夏の風物詩ができあがったので満足である。

 

 

 

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スズメを一網打尽!無双網猟に同行してきた話

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日本でできる狩猟は大きく3種類に分けられる。銃を使う猟、罠を使う猟、そして網を使う網猟だ。狩猟免許を取得したときから、この網猟について気になっていたのだが、「家の近くでできる罠猟も楽しいし、網猟はまだ先でいっか。近くに教えてくれそうな人もいないし」などと先延ばしにしていた。先延ばしにすると、つい先延ばしにしすぎてしまうのが人情だ。私は結局3年近く放っておいてしまった。

もしやこのまま無期延期になってしまうのでは......そう危惧して知人の狩猟関係者に相談してみたところ、そんならいい人がいるから、一度ついて行ってみると良いといって網猟名人を紹介してくれた。すごい人が、意外と近くにいるものである。

この記事は、もう半年近く前の真冬のことなのだが、網猟名人に同行して無双網(むそうあみ)という大きな網を使ったスズメ猟を見せもらったときのことについて書いたものである。

 

無双網猟とは

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 無双網と呼ばれる大きな網を地面に伏せておいて、獲物の鳥が着地したところを見計らって網につながったロープを引き、鳥の上に網を被せて捕まえる猟法。

上の写真は狩猟免許のテキストに載せられたイラストで、無双網の中でも特に双無双(ふたむそう)と呼ばれるものだ。二つの網を、折り重なるように別々の方向から被せるから、”双”無双。名人がスズメ獲りに使っていたのも、この双無双タイプの網だった。

理屈はわかる。しかし本当にこんなに上手くいくのだろうか?というのが、イラストを見た第一印象だった。だって、あからさまに怪しい場所に着地して、網が自分の上に被さってくるまで逃げようともしないなんて、鳥が馬鹿みたいじゃないか。イラストの鳥がなんだか頼りない表情なのも不安を助長した。

初めて無双網の原理を知ったときにそう感じてしまったのも無理はない。しかしながら、網猟体験者の書いた体験記などを読むと、この仕掛けに囮の鳥であるとか、誘い餌であるとかを追加することで、調子のいいときだと一度に何十羽という獲物をとることも可能なのだそうである。

何十羽!想像しただけでも、両手を拳に握って突き上げ、「ウオー!」と大騒ぎしたくなるようじゃないか。しかも、それがあのコミカルな網によって一網打尽にされるというのだ。なんとしてもその光景を見てみたい。以来、網猟は私の中のMust To Do リストに入れられていたのである。

 

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網猟は、他の猟法に比べてかなり安全であると思う。シカやイノシシを狩ろうとして、反撃されて重症を負ったという話はたまに耳にするけれど、網に絡まった鳥など素手で簡単に取り押さえられよう。それに、猟具で他人を怪我させるということも起こりにくい。 

そんな網猟なのだが、これをやっているという人は、ただでさえ数の少ない狩猟者の中でもかなり少数派である。そんな中で、場所の選定や猟具の設置なんかを全て一人でこなして成果を挙げられる名人は、無形文化財といっても差し支えない存在だ。

私が訪ねて行くと、名人は快く家に上げて猟具を見せてくれた。スズメ猟用の網は案外目が粗いのだが、これがもっとも絡まりやすいとのこと。

 

私 「名人はいつから網猟をしておられるのですか?」 

名人 「そら、母親の腹の中にいるときからやがな!ハハッ!」

 

なるほど、名人と呼ばれて慕われるには、これくらいの豪放さがないといけないのである。

もう一人猟に同行したい人が来るそうなので、その人を待っている間にいろいろ教えてもらっていたのだが、その間にも何件か電話がかかってきていた。

うち一件は、四国からかかってきたもので、網猟のアドバイスをしてほしいという申し出にいろいろと答えておられた。以前には北海道から訪ねてきた人もいたらしい。名人は多忙でもあるのだ。

 

 まずはスズメの集まるポイントを探す

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メンバーが揃ったので、車に道具を積み込んで出発する。

田園地帯に着いたら、まずは網を設置する場所を決めなければならない。

 

突然だが、「コンビニを出店するから場所を決めろ」と言われたら、読者のみなさんならどんな場所を選ぶだろうか?

たぶん、出来るだけ人口密度の高い地域の、できるだけ人通りの多い道沿い出店して、店に入るお客の数を最大化しようと考えるはずだ。

無双網の設置場所を決めるときの発想もこれと同じだ。名人曰く、スズメの群れはいくつかの安全地帯(屋根の上、電線の上、木の上など)を決めて、それら決まったポイントの間を行ったり来たりしながら餌を探すらしい。スズメはスズメで、お気楽に生きているように見えて生き残るためにいろいろと考えているわけだ。

で、狩猟者はそれを逆手に取る。つまり、スズメの群れがとどまっている地域で、その飛行経路の下の地面に網を設置するのだ。こうすることで、網猟の成功率をグッと上げることができる。

無双網猟をするには、経営コンサルタントも真っ青になるくらい、お客(スズメ)の動線に注目することが必要なのである。

 

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安全地帯である屋根の上に行儀よく並ぶ獲物のみなさん。写真に入りきらなかったけれど、奥にはもっとたくさんいた。勝手に『スズメのお宿』と命名してやった。 

 

網を設置する

場所が決まったら、網を設置する。

このとき、興奮して大騒ぎなどしようものなら、異変を察知したスズメの群れがいっせいに逃げ出してしまうかもしれない。粛々と行動することが求められる。

 

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網の両端に支柱になる竹竿を通し、根元についた杭を地面に突き刺す。

 

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片面を設置し終わったところ。

 

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両面とも設置し終えたところ。こうしてみると、どこに網があるのかパッと見ただけではわからない。空の上から見ると、なおさら判別しにくいかもしれない。

 

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わかりやすいように色をつけてみた。ピンク色に塗られたところに網がある。網につながったロープを引くと、2枚の網が矢印の方向に反転して、真ん中のスペースで地面をつついているスズメを一網打尽にするのだ。

 

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さて、網の設置は終わったけれど、これだけではスズメが来る可能性は低い。コンビニの例を続けるなら、内装がまったく出来ていない状態だからだ。

そこで登場するのが、この囮のスズメたちである。

 

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紐を結ばれて逃げられないようにされたスズメ。

囮に使われるのは、名人が以前に生け捕りにしたスズメの中から厳しいオーディションを経て選出された、とりわけ大きな声でよく鳴く歌声スズメたちだ。彼らが地面をピョンピョンしながら鳴いているのを見て、上空を通過するスズメたちは

「あ、仲間がいるじゃん!ならあそこは安全に違いない」

と思って下りてきて、一緒に地面をつついて餌を探し始めるのである。

鋭い人は、囮が必要なの?じゃあ最初のスズメはどうやって捕まえたわけ?と疑問に思ったはずだ。囮に使えるスズメがいないときは、録音された鳴き声をスピーカーで流すことで代用する。ただし、網のところまで下りてくる前に見破られて、逃げられる可能性がかなり高いそうだから、たかがスズメとて侮れない。

 

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内装も整った。最後の仕上げだ。コンビニの例えもかなりきつくなってきたが、あえていうなら......看板とか?

使うのはカラスの剥製だ。スズメたちは、カラスが地面に下りているのを見つけると

「あ、俺らよりずっとクレバーなカラスさんたちがいるじゃん!ならあそこは安全に違いない 」

と思うかどうかは知らないが、地面に下りて来やすくなるそうだ。

このとき、カラスを置く位置が網に近すぎると、カラスに襲われるのを警戒して逆に下りて来なくなるようなので注意。

さらにさらに、カラスには、風に煽られてバランスを崩さないよう、できるだけ頭を風上に向けて抵抗を減らそうとする習性がある。だから剥製のカラスたちも、うっかり風上に尻を向けて羽毛をめくり返らせるようなことがあってはならない。これまででわかったように、スズメたちは些事に気がつくこと小姑の如しであるから、おかしな方向を向いたカラスなど一目で偽物と見破られて嘲笑されてしまうだろう。

 

準備は以上だ。しかしまあ、スズメを騙すためになんと周到なお膳立てをすることだろう。どこかの映画監督が「日常の風景を自然に演出するのが一番難しい」というようなことを言っていたのを思い出した。

 

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 50mくらい離れたところまでロープを伸ばして、スズメたちが下りてくるのを待つ。銀色の輪に結ばれているのが網を操作するロープで、手前の木枠に繋がっているのは囮を跳ねて目立たせるためのロープである。

さあ、スズメはくるのだろうか!?

 

スズメが下りてくるのを待つ

設置するまでは大変だが、ここからは基本的には待ち時間である。

待っている間は、大人しく空を眺めているほかはない。スズメたちは特に音を立てずにやってくるので、きちんと見張っていないと、シャイな配達員のようにこちらが気づかないうちにやってきて、気づかないうちに不在表だけ置いて去って行ってしまうかもしれないからだ。

 

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大挙してやってくるハトの群れ。空を見上げているのも、単調に思えて案外変化が多く、飽きない。

 

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首が疲れたときは、田畑の土に掘られた溝などを眺める。農業のことはよくわからないけれど、肥えた土なのだろう。この土が米を育て、その米をスズメが食べ、そのスズメを今我々が捕まえようとしているのだなあ。

そんな、取り留めのないことを考えていたのだが、名人の

「来たぞ!来たぞ!」

という興奮しているけれど静かな声に現実に引き戻された。

前を見ると、 今しも網の上空を通過しようとしていた10羽程度のスズメの一団が、思いついたように急に下方向に反転したところだった。一羽一羽が減速するために螺旋を描きながら降下して行くのが、群れ全体では小さな竜巻のように見えた。最後尾の一羽が着地し終わらないうちに名人が一息にロープを引いた。

 

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バサッ!

予想外の勢いで反転する無双網。そのスピードたるや、コンビニの自動ドアなどの比ではない。

 

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無双網が反転し終わるか終わらないかのうちに、名人も我々もいっせいに駆け出す。もたもたしていると、バタバタともがいて脱出に成功するやつがいるかもしれないからだ。

畦道を全力疾走して、息を切らしながら駆け寄ったのだが......あれ、あんまりいなくない?

 

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いや、よくみるとそこにもここにも絡めとられている!

土や枯れ草の上ではスズメの模様が迷彩効果を発揮して、背中を上にして落ちているものは注意して見ないと気がつかないのだ。 

 

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逃がさないように、1羽1羽丁寧に網から外してやる。むっつりと膨れているのか、恐怖で縮みあがっているのか、とにかくほとんど抵抗らしい抵抗をしてこない。

スズメには気の毒だが、こうして生きたスズメを手にとってじっくり見る機会などこれまでにほとんどなかったので、いつまでも観察していたい気になってしまう。

だが、あまりゆっくりもしていられないのだ。こうして網から外している最中にも、頭上を一群れのスズメたちが 通り過ぎて行った。どうやら、群れの動きが活発になってきているようだ。このゴールデンタイムを逃すわけにはいかない。一刻も早く網を元通りに広げて、次の一群をお迎えしなくてはならない。コンビニエンスストア『シタキリ・マート』は大賑わいなのである。網から外したスズメを両手に抱え、我々は先ほどとは逆に、待機場所に向けて駆け出した。

 

無双網によるスズメ狩りは、一種の青春である

疾走と待機を何ターン繰り返しただろう。日が傾いてきたかな?という頃になると、さすがにスズメたちもあまり飛び立たなくなってきた。

 

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我々が腰掛けている畦道には、100羽を越えるスズメの山が出来上がっていた。サービス業なら、社員数で言えばぎりぎり中小企業として認められないくらいの数である。十分に捕まえたし、そろそろ潮時であろうということになった。

 

撤収作業をしていると、もう一人の同行者氏が

「網にかかったスズメを回収するために走っている、あの瞬間は一種の青春ですね」

みたいなことを言っていた。

「うおー、網にスズメがかかったぞ!急げ!急げー!」という、アドレナリン全開の圧倒的な高揚感とともに畦道を疾走するこの感じは、たしかに青春と形容してもいいかもしれぬ。もっとずっとプリミティブな何かである気もするけれども。

ともかく、網猟は私が予想していたようなまったりとしたものではなく、とてもスピーディーだった。そして、スズメたちが網に吸い込まれるようにシュルシュルと降下していく様子は、期待通りにとても愉快だった。

無理を言って名人につれてきてもらってよかったと、心底思えるような体験だったのである。

 

スズメは美味しい

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獲れたスズメを10羽ほどお土産にもらってきた。

残りは、名人とその奥さんが家で食べる分もあるが、大部分は伏見稲荷大社の周辺の店に卸すそうである。伏見稲荷大社といえばスズメの丸焼きを出す店が軒を連ねることで有名で、私も何年も前に食べたことがあるけれど、そのときはスズメがどこから来ているかまでは考えていなかった。

醤油と砂糖と酒を合わせたタレにからめて丸焼きにしたスズメは、骨ごとバリバリ食べられて、味も濃かった。(写真の右4羽がスズメ。左の2羽は別の日に仕留めたヒヨドリ

特に面白いと思ったのは、残酷なようだけれど、頭を齧ったときの食感だ。他のものに例えるなら、融けかけた『アイスの実』を食べたときのようだ。外側をカシュッと噛み割るとジューシーな中身がどっとあふれ出てくる、あの感じだ。スズメよりも二回りくらい大きなヒヨドリだと、骨が固くてこういうふうに食べることは出来ない。これはスズメならではの味わいだ。

外はカリッ、中はジュワッという食感が我々は好きだけれど、人間のこういう嗜好は小鳥の頭を齧ったときの食感がルーツなのかもしれないと思ったりした。

 

 

 

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