ムササビが空を舞う舞う奈良の夜

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先日、怪我をしたムササビの保護活動をしておられる方から、「ムササビを見たいなら、東大寺に行くといい」ということを教えていただいた。

「いやー、ムササビは最初は野生動物らしく人を警戒するんだけれど、ある程度一緒に生活しているととても懐いてくれてね。手ずから餌をやることもできるようになるよ。それに彼らが飛ぶところときたら、まるで座布団が飛んでいるみたいな大迫力だね!」

私はある事情により、かねてからムササビに関心があった。それがそんな人里で見られるなら、見に行かないわけにはいかないではないか。しかも空飛ぶ座布団だなんて、大相撲かよ。

おりしも、時は発情期に入ったムササビが"よく飛ぶ"とされる12月、いてもたってもいられず、奈良行きの近鉄電車に乗り込んだ。

 

近鉄奈良駅から東大寺までの道のりは、シカたちの客引きがすごい 

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東大寺のある奈良公園近辺は、言わずと知れたシカの都である。さすがに駅の近くにはいなかったが、市街地を一歩抜けるや、歩道も広場も役所の中庭も、どこに行ってもシカ、シカ、シカ。どこに顔を向けても、常時何匹かのシカが視界に入っている。どうしてもシカを見たくない人は、上を向いて空を見るか、真下を向いてひたすら自分の足元を見るしかない。

しかも、こちらが観光客だとわかると、節操なく食べ物を無心しにやってくる。歓楽街の客引きのようである。

 

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夜行性のムササビを観察するためには、日没まで待たなければならない。それまでの間、いわば前菜としてシカの写真を撮ったりして遊んでいたのだが、それらを紹介するだけでは本題を忘れてしまいそうだから、そもそもなぜ私がムササビに興味を持ったのかを書いていこう。

 

「自分を動物にたとえると、何だと思いますか?」

奇妙な質問だが、就職活動の場ではそれほど珍しいものではない。突拍子もない質問をすることで、相手が臨機応変に対応できるかどうか、それに加えて返答を通した自己アピールを見ているのだそうだ。

 

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自分の良いところをアピールをしないといけないわけだから、例えそれが偽らざる自己評価であったとしても、

「ネコです。昼でも夜でもよく眠りますので」

などという、どう考えても社会的に負の印象を与えそうなことを言ってはいけない

それに、仮に自分の長所を説明していたとしても、なんとなく不安な印象を与える動物をチョイスするのも考えものだ。

レミングです。協調性があるので」

などというのが、悪い例である。

 

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さて、この「自分を動物に例える」スタイルの自己アピールは、すでにそれほど突拍子のないものではない。面白おかしな質問は、迷える就活生たちの間に広まるのも早く、それだけ対策を立てられるのも早いからだ。

私が人並みに就活に励んでいた時点で、ネット上にはこの手の質問に対する模範回答のようなものがすでに存在した。

 

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でも......でもだ。ウィットに富んだ返答をとまでは言わずとも、模範解答を少しいじったようなものでお茶を濁すのはなんだか悔しいではないか。

私の周囲にも、多かれ少なかれそう考えた人たちがいるようだった。

例えば、自分はコアラであると主張した女子大学院生がいる。

「誰も見向きもしない木に取り付いて、葉を食べてます」

自分をトラに例えた男子学生がいる。

阪神タイガースのように強く、云々」

彼は面接に落ちてしまった。トラという言葉はフーテンのイメージが強過ぎたのだ。

察しの良い読者は気がついたかもしれない。私が選んだ動物が、ムササビだった。

 

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「余った皮を使って飛翔能力を獲得したムササビのように、他の人が見落としているものに着目し、それを使って躍進します」 

てなことを言った......ような気がする。

しかし、この理屈には、実は嘘がある。

動物に詳しい人なら知っていると思うが、ムササビは、正確に言うと「飛翔」しているのではない。あれは「滑空」しているのである。飛び立った場所よりも高いところに行くことは基本的にはできないんである。身も蓋もない言い方をすると、ゆっくり落ちているだけなんである。たぶん、滑空という言葉のもつそういったマイナスのイメージを無意識に感じ取って、飛翔という言葉が口をついて出たのだろう。

滑空を飛翔と言い換える欺瞞を看破されたのか、それとも話している私の表情が「ちょっと変わった返答でっしゃろ」と言わんばかりにニヤけていたのか、このときの面接は無事落とされてしまった。

そして、動物に例えて云々の質問をされたのは後にも先にもこのとき限りだったけれど、「ムササビねえ、一度飛ぶところを見てみたいなあ」という思いだけが心の中に残った。

 

「奈良のシカ」の衣を借りてポジティブイメージをまとうことは可能か

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付近に国産小麦を使った評判のパン屋があったので寄ってみた。

購入したパンをベンチに座って食べていると......。

 

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図々しいシカが首を突っ込んできた。

シカ煎餅と人用のパンの区別もつかないのだろうか?などと呆れながら追い払った。

 

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追い払い際に全身を見ると、腹がボコボコと膨れており、妊娠していることがわかった。

もちろん、だからといってパンはやらなかった。 

 

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こちらは、車道の真ん中を歩いて交通を遮断しているシカである。直後に、外国人観光客が歩道でシカ煎餅を振って見せ、シカはそちらに移動したため、事なきを得た。これなんかは、人間がやればゴネ得などと糾弾される行為である。

奈良のシカを引き合いに出して自己アピールをするなら、口八丁手八丁で節操のない利益誘導の手腕、その耐えざる営業努力(なんと、シカたちの中には、これだと思った相手にはぺこぺこと頭を下げる芸をして媚びるものまでいる)などをお上品な感じに言い換えておくのが良いだろう。

 

そんなことを考えているうちに南大門に着いた 

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言わずと知れた東大寺の表玄関。 

 

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いつ見てもその力強さに圧倒される、金剛力士像。こちらは口を開いた阿行像。 

 

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で、こっちが口を引き結んだ吽行像だ。

東大寺観光の初っ端の目玉である金剛力士像は、昼間でも常時ライトアップされているようだ。細部がよく観察できていいのだが、薄暗い自然光の中に立つ力士像を見てみたい気もする。

 

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これは天井。吹き抜け構造で非常に高く、こっちには照明が設置されていないので、奥の方は闇が濃くてよく見えない。梁の上から何かがこちらを伺っているんじゃないかという妄想が捗る。例えば、ムササビとか......。

 

ムササビの痕跡を探す

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境内に到達したが、日没までまだ時間がある。シカをおちょくって遊ぶのにも飽きてしまった。せっかくなのでムササビの痕跡を探して時間を潰すことにした。

写真の松の木は、ところどころに穴が開いていて、ムササビが住むのにうってつけなんじゃないかと思った。

 

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地面を見ると、そこここに「森のエビフライ」などと呼ばれる松ぼっくりの食べかすが落ちていた。松ぼっくりを好んで食べるムササビが近くにいる証拠であり、見つけたときは大変に興奮した。

 

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右が食べられる前、左が食べられた後の松ぼっくりだ。固い芯の部分だけを綺麗に食べ残しているのがわかる。 

 

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「森のエビフライ」を探すのが楽しくて地面を探索しているのだが、何も知らない人が見たら完全にシカの糞をいじくっている人である。

 

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探したら探しただけ見つかる。ムササビのエビフライ屋さんである。

 

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それ以外に、夏の残滓を見つけたりもした。 

 

そして、日が落ちた

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東大寺大仏殿の見学時間が17時で終了し、間をおかずにあたりは夕闇に包まれた。パッタリと人通りが絶え、それと同時にあれほどいたシカたちもどこかへ行ってしまった。 

 

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観光の時間は終わったが、私にとってはこれからが本番だ。

目星をつけておいたポイントを行きつ戻りつして、ムササビの気配をうかがう。

 

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ドドドッと音がするので驚いて振り返ると、大きなシカが一頭、土を蹴立てて逃げていくところだった。昼間はあんなにフレンドリーだったのに、なんだか別の生き物のようで怖い。 

 

そして、ついにムササビが飛ぶ

木を見ながら、南大門を背にして歩いていたときのことだ。

突然、松の木のてっぺんから

 「キュロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」

という、エンジンのかかりが悪いアメ車のような音がし始めた。

奇妙な生き物には奇妙な鳴き声がつき物だ......とは言わないが、そんな変な音が聞こえてきたら、そっちに注目してしまうのも無理なからぬことだ。音のする方を注視していると、松の梢の茂みがガサガサと揺れ、音がやむと同時にムササビが飛び立った。

飛び立ったムササビが、私の頭の上を越えて背後の茂みの中に消えるまでは、本当に一瞬だった。しかしその初見の一瞬は、その日一日のほかの体験を全部ひっくるめたよりも濃い印象を残して去っていった。

白くて四角くて、頭についた二つの目は街灯の光を受けてオレンジ色に光っていた。ふさふさとした長い尻尾も、しかと見届けた。私がムササビを知らない大昔の庶民で、夜中に東大寺の参道でムササビに出くわしたりしたら、間違いなくこいつは妖怪だと思っただろう。一反木綿(ゲゲゲの鬼太郎に出てくる白くてヒョロヒョロしたやつ)の元ネタは、この辺なのかもしれないと思った。

 

観察に夢中なのと、あまりに一瞬の出来事だったので、写真は撮れなかった。

見られただけでも満足なのだが、せっかくだからその姿を写真に収めて帰りたい。

そう思って未練がましくあたりの木を物色していると、今度は何の前触れもなく頭上でバババ!という音がしたかと思うと、なんと目の前の木にふさふさの塊が着地したではないか。

わざわざ人の目の前に着地するとは、サービス精神旺盛なムササビがいたものだ。しかも、私の背後にあったのはまたしても南大門。してみるとこいつ、恐れ多くも南大門の外壁をジャンプ台に利用したということか。サービス精神だけでなく大胆さも併せ持っている、なんと天晴れなムサ公なんだろう。

 

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好意に感謝して、ありがたくカメラを向けさせていただく。

腹側の毛だけでなく尻尾の先も真っ白である。

 

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何度もシャッターを切るけれど、

 

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暗いのとカメラの性能がイマイチなので

 

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なかなかピンとが合わない。

 

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目と目が合った瞬間、奇跡的にピントの合った写真が撮れた。

 

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こっちはお尻。

 

この後、

「もう気はすんだだろう」

と言わんばかりに、ムサ公は木の高い所に登り、再度ブワッ!と飛び立つと、追いかけることのできない塀の向こうへ消えていった。

後には、ムサ公とのやり取りの余韻に陶然となった人間だけが残された。

 

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ムササビを追うことにすっかり夢中になっていて気づかなかったが、いつしか小雨がぱらつき始めていて、体もすっかり冷え切っていた。

こういう寒い夜には、ラーメンを食べるのが一番だ。駅の近くでみつけたラーメン屋で、さっき見たムササビのことを思い出し、思い出し、ニヤつきながらラーメンをすすって、帰宅した。好みのあっさりとしたスープで、また食べに来たいと思った。

 

 おまけ

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駅前の商店街でみかけたツバメの巣。

営巣位置があまりに絶妙で、この宝石点の屋号が「白井」なのか「田井」なのか「臼井」なのか、またはそれ以外なのか判別できなかった。にも関わらず巣を撤去しないところに、店主の底抜けの優しさを感じた。

 

 

 

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大人だけどオオオニバスに乗ってみたい

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アマゾン原産のオオオニバスという植物がある。

水に浮かんだ葉の直径が3m以上にもなる、とても大きな蓮の仲間で、体重の軽い子供なら上に乗って水に浮かぶことができる。体重の重い大人が乗ると、オオオニバスは重さに耐えきれず、沈んでしまう。

子供の時にしか乗れない、まるでネコバスやネバーランドのような、オオオニバスとはそんな植物なのである。

 

筆者がオオオニバスの存在を知ったのは、中学生になってからだった。精神年齢的はともかく体格的には大人に近づいていたため、オオオニバスにはもう乗れなかった。

最近ふとそのことを思い出した。悔しいので、大人でも乗ることの出来るオオオニバスを自分で作ってみることにした。

 

実物を見に植物園に来てみたが...

自宅近くの植物園に実物を見に行った。

オオオニバスに乗りたいと思う読者がどのくらいいるか検討もつかない。そもそも、みんなオオオニバスを知っているのだろうか?

そんな不安が頭をよぎったから、まずは実物のオオオニバスの姿を見てもらって、「オオオニバス、乗ってみてえ!」と感じていただこうと考えたのだ。

 

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さあ、見てくれ!これがオオオニバスだ!

 

威勢よく紹介してみたものの、肝心のオオオニバスは発育途上のようで実に頼りなかった。葉の縁の、水面から垂直にそそり立つ部分(こいつのおかげで、少々沈んでも葉の上に水が侵入してこない)も未発達だ。

てらてらと光っていて、なんだかラーメンに浮かんだ油のようだと思った。

 なお、成長しきったオオオニバスはこんな感じの外見である。

 

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葉が分厚い上にたらいのような形で実に頼もしい。

どうだろうか?乗ってみたくなっただろうか?

 

見よう見まねで作ってみることに

読者の共感が得られたと信じて、とりあえず作っていくことに。

 

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まずは塩ビパイプをつなげて輪っかを作る。大きさの目安は自分の身長だ。

周囲のことなどおかまいなしにフラフープ代わりに回したらさぞかし面白いだろう。

 

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10cmおきくらいに穴を開けて

 

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円内に収まるように切った3cm厚の発泡スチロールを仕込む。こいつが浮力を生んでくれるはず。

 

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発泡スチロールが輪の中に収まったら、最初に開けた穴にひたすら糸を通して固定していく。

固定に使ったのは100均の麻紐だったのだが、穴を通す際に削れて細かい糸くずを撒き散らすので、花粉症のように鼻や目が痒くなった。ただの塩ビパイプと発泡スチロールが、俄然、植物に近づいた気がしてきた。

 

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糸を通し終わったところ。

放射状に糸を張ったのは、真ん中に乗った人間の重さが周囲の塩ビパイプに均等にかかるようにするためだ。結果的に葉脈っぽい見た目になった。

先ほどよりさらに植物に近づいたようで、気分が舞い上がる。

 

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それなのに...それなのにだ。ブルーシートを被せたら一気にただの子供用プールみたいになってしまった。

なんだろう、やはりオオオニバスは大人が乗るものではないのだろうか?さっきまでの高揚感が白昼夢のように引いていくのを感じた。

しかしながら、今から根本的な作り直しなどできない。開き直って、先に進むしかないのだ。

 

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アクリル絵の具で着色する。

ブルーシートが絵の具を弾いてしまうので苦労した。そういえば、蓮の葉が水を弾く原理を応用したヨーグルトの容器の蓋があったような...。とすればこれは材質的にもほぼ蓮の葉なのでは。

 

蓮の葉に近づいたと喜んだり、一転してただの子供用プールに見えてきたり、期待と絶望のジェットコースターのような乱高下にすっかり疲れてしまった。はたして、こいつに乗って浮くことは可能なのだろうか?

大きいので移動させるのも大変である

運ぶ手段をまったく考えていなかったことに気づく。車がない(そもそもあっても積めない)ので、人力で水辺まで運ぶしかない。

 

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転がしてみる。

ギャートルズとかに出てくる、ステレオタイプ石器時代の通貨のようだ。

ゴロゴロと蓮の葉を転がしながら、古代人の買い物に思いをはせる。こんなに軽いものを転がして移動するだけでも大変なのだから、やっぱりあの大きな石のお金はフィクションなのだろうと思った。(が、帰ってからググったら実在することがわかった)

 

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担いでみる。

オオオニバスの葉から人間の下半身が生えたオオオニバス人間。マタンゴならぬ、ハスンゴだ。

 

よさそうな岸辺を発見!

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そんな、運び方を試行錯誤しながら歩くこと1時間超。流れが穏やかで膝ほどの深さの、都合のよさそうな岸辺を見つけた。

オオオニバスを浮かべる」という視点で探すと、見慣れた川も非常な急流に見えてしまう。だから、ベストなコンディションの場所を探すのに4kmくらい歩いてしまった。

 

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川面を覗き込むと、ミドリガメミシシッピアカミミガメ)が大きな魚の切り身をくわえて泳いでいた。そう、ここは弱肉強食のアマゾン川オオオニバスの故郷まで歩いてしまったのだ!(アマゾンにミドリガメはいない)

 

いよいよ浮かべて乗ってみる

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そろりそろりと水に入れていく。

 

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浮いた!しかし、着水したとたんに縁の外側の、水に接している部分の塗装がみるみる剥がれて流され始めた。偽物は、水に弱かったのだ。

現在進行形で化けの皮が剥がれていることに焦りつつも、試しに片足を乗せてみた。ブヨンとした水の感触があって、足が水面下に5cmくらい沈んだ。

「あ、無理っぽい」

直感的にそう思ったけれど、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

両手両足を使って体重を分散させながら、上に乗ってみる。

 

 

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大方の予想に反して、なんと沈まないではないか!

しかしながら、半笑いで「流されてる」とか言ってる場合ではなかった。

 

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石段に引っかかって崩れた縁から水が流れ込み始めたからだ。

 

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水にさらされて波打ったブルーシートから、塗装がさらにボロボロと剥がれる。

もう1回、もう1回だけ!

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中の水を出して、縁の部分を応急修理する。

一度中に水が入ったことで、一層よれよれになってしまった。挑戦はあと1回が限界であろう。

読者は「乗れたんだからもういいじゃないか」と思うかもしれないが、違う。

上に立つのが夢なのだ。

 

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そーっと、そーっと...

ダチョウクラブの人たちは、いつもこんな緊張を味わっているのだろうか。しかも、衆人環視のもとで。

 

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まずは片足。

 

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そして両足!沈...まなかった!絶対に沈むか踏み抜くかすると思っていたのに、手作りオオオニバスの強度が私の両足を受け止めてくれたのだ!

色が剥がれてきてボロボロだけれど、紛れもなくオオオニバス(のようなもの)の上に立った瞬間である。

 

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足元がフワフワとしていて頼りない。水の上を歩いているような、不思議な感触だ。本物のオオオニバスもこんな感じなのだろうか?

ブルーシートの下の麻紐の感触が足に伝わる。本物のオオオニバス乗った時も、葉脈の感触を足裏で感じるのだろうか?

しかし大人になってしまった今、それらを確かめる術は永遠に失われてしまっているのだ。

 

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役目を全うして、水から引き上げられたオオオニバス

なんというか、不法投棄された粗大ゴミにしか見えない。こんなにボロボロになるまでがんばって...と、液体金属ターミネーターにボコられたシュワルツェネッガーを見たときのような気分になってしまった。ありがとう、オオオニバス

 

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首尾よく上に乗ることが出来たら、上で食事してみようとか考えていたのだが、そういったことを実行する前にオオオニバスはクタクタになってしまった。

 

しかしながら、作り物とはいえ「オオオニバスの上に立つ」ことが実現できたのでうれしかった。乗る直前まで「正直、これは沈むかも」と思っていたことも、上に立てた瞬間の興奮に一役買ったようである。というか、喜びの半分くらいはこの「苦労して作った物がちゃんと浮いた」ことによるものだったのかもしれない。最初から生えているオオオニバスに乗っても「わー、本当に浮いた」で済ませてしまっていただろうから、ちょっとだけ得をした気がしないでもない。

 

もしこの先

オオオニバスに乗ったことがありますか?」

と聞かれることがあったら、

「もちろんありますとも。しかも自分で作ったやつに乗ったんですよ」

と答えて相手を驚かせてみたいと思う。

 

おまけ

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使い終わったオオオニバスは、ビニールシートの間に水が入って重いので、分解して持ち帰ることにした。こんな感じの名画があった気がする。

 

 

 

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低原価率な串カツの極北を探る

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中学のときに通っていた学習塾の社会科教師は、授業中に頻繁に面白い雑談を始めるので生徒から人気があった。中でも印象に残っているのが串カツに関するお話だ。

「昔、(大阪の)難波で串カツを買い食いしたんや。そしたら、一口かじってみて驚きや。小指の爪くらいの大きさの豚肉に、どうやったらこんなことができるんや!っていうくらい分厚い衣がついとった。極限まで原価率を下げたかったんやな」

阿漕な業者がいるものである。が、度が過ぎてお粗末なものがあると聞くと、ちょっと行って見てみたくなるのが、人間の性というものだ。

大阪で串カツを食べた回数はもはや確かめようもないけれど、私は幸いにしてそのような着膨れした串カツに当たったことはない。ひょっとしたら、そういう店は悪どいことをしすぎたせいで淘汰されてしまったのかもしれない。

しかたがないので、自分で悪徳串カツ屋になってみることにした。

  

分厚い衣をつけるには...

衣を分厚くするには、大きく分けて二通りのやりかたがある。名付けて、 アメリカンドッグ型とバームクーヘン型だ。

アメリカンドッグのような、もったりとした生地を肉にまとわせて揚げたもの。生地の粘度が高いので、分厚く衣をつけることができる。アメリカンドッグのソーセージが、普通の肉に置き換わったものと考えてよい。

調べてみたら、このタイプの串カツを提供する店は今でもぼちぼち存在するようだ。むしろ衣の厚さを売りにしている店もあるとか。もちろん、そういう店は「衣で体積を稼いだ分肉を小さくする」などというセコいまねをしていないことは言うまでもない。

  • バームクーヘン型

小さな肉に衣をつけて揚げて、つけて揚げてを何度も繰り返し、少しずつ大きく育てていくやり方。

私は、件の社会科教師が食べたのは、こちらではないかと思っている。

アメリカンドッグ型の串カツは、あまりにアメリカンドッグ的であるために、作り方について疑問を抱く余地がないからだ。

 

バームクーヘン型串カツを再現する

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肉を切る。

右が比較のために作る普通の串カツ用の肉、左が分厚い衣をつけるために小さく切った肉だ。

 

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余談だが、肉に串を打つのが意外に難しかった。弾力があってなかなか串が刺さらないし、かといって力をかけすぎると、勢い余って自分の手に串を打ってしまうかもしれないからだ。

肉に串を打とうとすると、自分の手に串を打ちそうになり、肉にスパイスをまぶして揉み込むと、知らずうちに自分の手にもスパイスの香りがしみ込んでいる。料理する側とされる側は、実はそんなに違わない。

 

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なんとかうまく串を打てた。 

 

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小麦粉→卵→パン粉の順番にまぶしていく。衣をまぶす段階で指先がベトベトになりがちだが、串を打ってあるのでその点は安心である。

 

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まずは普通のサイズに切った肉から。肉がうっすらと透けて見えるほど薄い衣だ。

 

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満を持して油に投入。

私は揚げ物を揚げる音が好きだ。まるで季節外れの蝉時雨を聞いているような気分で、楽しく調理を進めていく。

 

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火が通ってきつね色に色づいてきた。片面だけを熱しすぎないように、たまに串の部分を持ってひっくり返してやる。菜箸を使わなくてもよいので楽である。ここでも、串の存在が調理の手間を削減してくれる。

 

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美しいきつね色になったタイミングで引き上げた。なんて美味しそうなんだろう!

自信はついた。では、本番に移ることにしよう。

 

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一層目は普通のカツと同じように衣をつける。

つまり小麦粉→卵→パン粉をまぶす。

 

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小さい分、火の通りは早い。短時間でサッと揚げる。

 

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あっという間に揚がった。それにしても小さい!

いや、小さいのは揚げる前からわかっていたのだが、右に並んだ普通のカツと比べると一層その貧相さが際立ってしまう。

 

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この貧相なやつを、いかに大きく膨らませてやれるかが、悪徳串カツ屋の腕の見せ所だ。

ここからは小麦粉をまぶす工程を省いて、卵→パン粉→卵→パン粉と2回衣をつけてから揚げることにした。

 

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この一つまみが串カツを大きくするかと思うと、パン粉をまぶす手にも自然と力が入る。

 

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人類が火を使った調理を始めてからというもの、加熱中の食材をどう操作するかというのは、ずっと大きな課題だったに違いない。

食材を焚き火の中に放り込んで、火が通ってから棒切れでかき出すのでは、手を火傷する心配はないだろうが、食材が灰や土にまみれてしまう。かといって、素手で安全に扱えるほど火から離したのでは、いつまでたっても生焼けのままだろう。

何万年とかいう長い間、彼らはそんなジレンマに苦しんでいたのだ、たぶん。

そんなある日、特別に賢いご先祖様が現れた。モズの早贄を見て思いついたのか、モノリスに触発されたのかは不明だが、彼は食材を棒に刺すことを思いついた!

今日、我々が食べる串カツは、全て彼の閃きの延長線上にあるものだ。串を持つたびに感謝せねばなるまい。

 

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余計なことを考えていたら少し焦げた(写真右)

 

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普通なら、焦げた串カツなど客には出せない。しかしこのバームクーヘン型串カツは、一番外側の層さえ綺麗に揚げれば何の問題もないのである。なんて店に優しいんだろう。

 

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3層目にして、遜色ない大きさに育った。立派になって...と感動もひとしおである。

 

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育っていく過程をGIF動画にしてみた。

左に写った串カツの大きさは変わらないのに、右の串カツだけが写真を撮るたびに大きくなっていく。まるで、子供の成長の節目節目で撮影された親子の写真を見ているようだ。

試しに、「あなたに会えて本当に良かった♫」というフレーズで有名な、生命保険会社のCMで流れる曲を聞きながら見てみてもらいたい。切ない気分になることは請け合いだ。

 

味は思ったより悪くない

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感傷に浸るのはほどほどにして、冷めないうちに食べてしまおう。

 

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まずは普通の串カツから。

 

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うん、美味しい!当たり前なのだが、すごく美味しい!

さっくりとした衣に、程よく火の通ったジューシーな肉。揚げ時間をフィーリングで決めたにしては、素晴らしい出来だ。家で作る串カツもいいもんである。

 

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次、真打あらわる。

ムシャリ......

 

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......卵? 

 

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「おかしいな、卵の味しかしない」

と思ったら、ぎりぎり肉まで到達できていなかった。

 

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もう少し食べ進めてみたところ。ようやく肉に歯が届いた。

食べてみての感想だが、肉が小さい分、やはり物足りない......と思いきや、案外これはこれで悪くない。

まず、肉の味が薄れた分を、衣に使った卵の味が補完してくれているのだ。

次に食感だが、何層にも入り乱れた衣のおかげで歯ごたえが単調になることを回避している。

 

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わかりやすいように、各層を色付けしてみた。

ハンバーガーでも、分厚いパティを一枚だけ挟むよりも、薄めのパティを何枚も挟んだほうが、合計の厚みは同じでも歯ごたえが複雑になって美味しく感じることがある。あれと同じことが起きているのかもしれない。

最後に、これは自宅で食べる時しかできないのだが、ソースを2度漬けしたときに普通の串カツと比べて衣がたくさんのソースを吸ってくれるのも特徴だ。衣の層と層の間の部分がスポンジとして機能してくれているからである。

もっとも、今回は市販のウスターソースをだし汁、砂糖、醤油で割ったものをつけて食べたので、そのようなソースドボドボ状態を美味しいと感じたが、普通のソースでは辛くなり過ぎてつらいだろう。

 

結論を言うと、バームクーヘン型串カツは美味しかった。でも、1本200円とか払ってこれが出てきたら、ちょっとモヤモヤしてしまうだろう。食べログに嫌味の一つも書いてやりたくなるかもしれない。 

 

実際のところ、安く仕上がっているのか?

さて、肉を小さく、衣を分厚くした串カツが、不味くはないどころかむしろ美味しいものであることはわかった。しかしながら、果たして本当に低コストに仕上がっているのか、実際に作ってみて疑問に感じたため、そこのところを最後に少しだけ検証してみたい。

まずは肉が小さくなったことによるコストカット効果だ。実は、肉には内緒で、彼らの重さをはじめに測ってあったのだ。

 

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普通の串カツ用の肉は約20g。

 

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小さい方の肉の重さは......なんとゼロ!え、無を串に刺して揚げていたの!?

奇妙な気分になったが、要するにこれは測りの仕様の問題で、0.5gより低い値は強制的にゼロと表示されてしまうんである。

0gだろうが0.5gだろうがあってないようなものであることには変わらない。

仮に100円/100g(=1円/1g)の激安豚肉を使ったとして、串カツ1本あたり20円の節約効果があることがわかった。

 

「やっぱり安くなるんだ!肉のほとんど入っていない串カツ屋をやって儲けよう!」

と考えるのは早計である。話はそこまで単純ではない。仕事の世界には人件費というものが存在するからだ。

 

では、串カツを揚げるという行為のために私が浪費した時間を見てみよう。

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普通の串カツを作るのにかかった時間は、3分10秒だった。

 

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対して、「衣をつける→揚げる」の工程を3回繰り返してバームクーヘン型串カツを完成させるまでにかかった時間は、なんと6分5秒!ほぼ倍の時間がかかっていたのだ。

 

今、大阪府の最低時給は936円である。よって、3分なら47円、6分なら94円の人件費が発生する。

まとめてみるとこうなる。

(厳密に計算するなら、肉を減らした分だけ増加する衣の原材料費を考えるべきなんだろうが、衣の材料は安く、なにより計算が面倒になるので潔く無視する)

 

  普通の串カツ バームクーヘン型串カツ
  20円     0円
人件費   47円     94円
合計   67円     94円

 

やっぱりね。作ってる時から、こんな悠長なことやってていいのかと思ってたよ。

残念ながら、肉を小さくして代わりに衣を何重にもつけるやり方は、全く低コストではないことがはっきりした。どうりで、そんなことをする店が見つからないわけだ。

 

ここで終わってもいいのだが、せっかくだから昔はどうだったのか試してみよう。1980年の大阪府の最低時給である375円で計算すると、以下のようになる(豚肉の値段は、驚くべきことにここ数十年ほぼ横ばいかむしろ下がっているくらいなのだそうだ。だから、ここでは人件費の項目だけをいじってやる)

 

  普通の串カツ バームクーヘン型串カツ
  20円     0円
人件費   19円     38円
合計   39円     38円

 

なんと、僅差でバームクーヘン型串カツのほうが安い!

そもそも肉が小さくて衣が厚い串カツ自体が教師のでっち上げだったのではと疑い始めていたのだが、一応ありえない話ではなかったのである。先生、疑ってすみません!

人を安くコキ使える状況では、このモデルは成り立ってしまう。逆に言うと、少しでも時給が上がると破綻をきたすわけで、悪徳串カツ屋は、まともな給料を払うと経営が立ち行かなくなるブラック企業の先駆けと言えるのかもしれない。

いずれにせよ、現代ではこんな回りくどいものを作る価値はほとんどないことがわかって、すっきりした気分である。

 

なんだか寓話みたいなオチになった。この記事を読んだ人は、貴重な時間をズルをするためではなく真っ当なことをするのに使ってほしい。

 

おまけ

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水を飲んで膨らむクサフグ

いくら自分を大きく見せようとしても、はじめから大きな相手には敵わない。

 

 

 twitter.com

秋の富士山はキノコ好きにとってまさに天国だった

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「本当にたくさん生えてて、すごく面白いから!」

関東在住の友人から、富士山でキノコ狩りをしようという誘いが来たのは9月末のことである。聞けば、キノコスポットを教えてくれる案内人の当てもあるという。

長野でベニテングタケと感動的な出会いをしてから、ちょうど2年ほどたとうとしていた。久々に東日本のキノコに会いたくなったので、誘いに乗ることにした。

 

集合場所は五合目、標高2000メートル

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友人宅のある八王子でレンタカーを借り、途中で同行者をピックアップするなどしながら、案内人氏が指定した集合場所に向かった。

車中では、今日はどんなキノコが採れるかという話でもちきりで、私たちはみんな本当にわくわくしていた。わくわくしすぎて、集合時間に1時間近く遅刻してしまったほどだ。

「わくわくしすぎて遅刻する」というのは、なかなか理解されないと思うので経緯を補足しておくと、

  1. 楽しみだから早起きして予定の時間よりもちょっと早めに出発する
  2. 「あれ?意外と時間に余裕があるじゃん!」ということで、下道で行こうということになる。料金の節約になるし、なにより下道は高速道路と違って、風景その他が変化に富んでいて面白いのだ。
  3. 思ったより時間がかかって遅刻する

ということである。ダメな人間には、ダメな人間なりの理路があるというものだ。

ともかく、曲がりくねった車用登山道を急いで走り抜けたことによる車酔いと、気圧の変化でキンキンする耳を引っさげて集合場所の五合目登山口(標高2000m)に着いた頃には、時刻は12時に迫ろうとしていた。

初っ端からつまづいたわけだが、それでも車を止めてドアを開けた瞬間に流れ込んできた空気はとても清々しくて、車酔いの吐き気は流れ去ってしまった。

 

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登山口手前にある菊屋という山小屋で、寒い中1時間近くも待たされたにしては思ったより機嫌の良さそうな案内人氏と合流する。

 

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山小屋には、各種キノコの菌床も売っていた。何も採れなかった場合のアフターケアもばっちりと言うことやね...。

 

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山小屋脇の休憩スペースには、すでにキノコを採り終えて戻ってきたらしい人たちがたむろしていた。机の上に採ってきたキノコを広げて、なにやら楽しそうに談笑していた。

後になって、彼らはただ単に談笑していたわけではなかったことを知るわけだが、このときは籠の底が見えないくらいたくさんのキノコに期待が膨らませただけだった。

 

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それにしても、周囲のキノコ採り人たちがみなきちんとした籠を持ってきているので、「とりあえず入れられればいいだろう」と数枚のレジ袋を引っつかんでやってきた私のような人間は大変に肩身の狭い思いをさせられた。こういう袋タイプの入れ物は、畳んで持ち運ぶには嵩張らなくて便利なのだが、中に入れたキノコが潰れやすいのだという。そういう大事なことは先に教えてほしいと思う。

 

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改めて我々のグループの面々を見ると、みなとても山に入るとは思えない出で立ちである。中には、一歳児を背負っている者までいる。

無事に帰ってこられるのだろうか?準備不足感は否めないが、我々は山に入った。

 

案内人氏に導かれて、一行は湿り気スポットを目指す

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キノコシーズンには頻繁に富士山にやってくるという案内人氏は、さすがにそれらしい格好だ。

キノコは湿った場所に生えることが多いので、乾燥した登山道の周囲にキノコの気配は希薄である。キノコ狩りをするためには、正規の登山道から外れた、湿り気スポットに行く必要があるのだが、我々のグループの中でその場所を知るのは案内人氏ただ一人だ。

目的地に着くまで、我々は旅の勇者一行よろしく、案内人氏の後を前を歩く者の足ものと見ながら一列になって(登山道は狭いのだ)歩くことしかできない。もし案内人氏が崖から落ちたりしたら、我々も後を追って順番に崖から落ちたことだろう。

 

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そんなふうにただ歩いているだけでも、普通の山にはない黒い玄武岩層が露出しているのが見られたりして楽しかった。溶岩で焼き尽くされた上に草木が生えて、土ができて、そこにキノコまで生えてくるのだから、生き物の力は偉大だ。

富士山では動植物の持ち出しは一切禁止されているのだが、キノコは菌類だから採っていいんだと案内人氏が教えてくれた。すかさず「では富士山で出産をした場合、生まれた子供は富士山から出られないのではないか」と同行者が質問したが、こちらは曖昧な笑みを浮かべて黙殺された。

 

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そうこうするうちに、急に開けた場所に出た。

 

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頂上の方を見上げると、気温の低い上の方から木々が赤く色づいてきているのが見えた。

 

キノコ・サンクチュアリは一面コケに覆われてふかふかだった

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藪を突き抜けると、地面がすっかりコケに覆われた場所に出た。本日の湿り気スポット、キノコ・サンクチュアリに着いたのだ!

湿った場所にはコケが生えがちである。コケの保湿作用で、そこはさらに湿り気を帯びる。コケが先か湿り気が先か。これは「鳥が先か卵が先か」という話に近く、いくら考えても結論は出ないのだが、一つ言えることがある。こういう場所には、よくキノコが生えるということだ。

 

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まず、一番頻繁に見かけたのが、このキヌメリガサ。

 

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たくさん生えているのだが、一箇所にまとまって生えるのではなく、ぽつりぽつりと点在するため、集めるのが大変だ。そのため、別名をコンキタケ(根気茸)という。

 

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そして、こちらがそのコンキタケに似た形のニガクリタケという毒キノコだ。なおこのニガクリタケにそっクリなクリタケというキノコもあり、大変にややこしい。

 

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この真黄色のキノコは、カベンタケモドキ。毒がない代わりになんの味もしないのだが、見た目の華やかさ(この黄色は加熱しても色落ちしない)故に正月料理などに重用する地域もあるという、なかなか寓話的なキノコだ。

あちこちに生えている上に、派手な色のおかげで目立つため最初こそたくさん集めていたのだが、前述したとおり味がないそうなので、途中から採るのをやめた。

 

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ニョキッ!という擬音がつきそうなまっすぐな生え方のツバアブラシメジ。

 

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名称不明のキノコ。サンリオのリトルツインスターズの背景に紛れ込んでいそうだと思った。

 

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見て!見て!大きなハナイグチ!

大きなキノコを見つけると、瞬間的に興奮状態に陥ってしまい、周囲を困惑させることになる。

 

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猛毒のシャグマアミガサタケもあった!怖い!

シャグマアミガサタケの毒成分はジロミトリンという物質で、そのまま食べると最悪死んでしまう凶悪なものだ。一応、茹でて茹でて茹でこぼしまくることでジロミトリンが加水分解されメチルヒドラジンに変化、さらにメチルヒドラジンが気化して抜けることで食べられるようにはなる。なおこのメチルヒドラジンという物質はロケットの燃料にも使われる物質で、あの有名なテポドンにも積まれていたらしい。聞けば聞くほど物騒で、魅力的なキノコだ。ただ、探してもこの1本しか見つからず、1本だけで長時間茹でるのは面倒なので今回はパス。

 

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キノコとは違うが、真っ赤な地衣類がとても綺麗だった。

 

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これも、よくわからないながら美しかった。菌類だとは思うのだが......。

 

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時間を忘れて夢中でキノコを探す一行。

「ニガクリタケとかシャグマアミガサタケみたいに毒キノコとわかるやつは捨てるとして、僕もよくわからないやつがあるから、判断に困るやつはとりあえず持って帰っちゃっていいよ」

と言われたので、採ったやつはとりあえず袋に入れていく。

キノコを採ることに疲れたら、ふかふかのしたコケの上に腰を下ろして休憩した。下手なイスよりもずっと座り心地がいい。

どこまでも続くコケの絨毯と、そこかしこに生えるおびただしいキノコ。ここは天国なのだろうか?そうなのかもしれない。このままキノコを採ることに夢中になって、森の奥へ奥へと進んでいったら、本当に帰り道がわからなくなって天国まで行くしかなくなりそうだ。現にさっきからとても静かだと思ったら、目の届く範囲には誰もいないではないか。

そんな、少し怖い想像をしながら、それでもキノコを探していたら、LINEの着信音が鳴った。

「子供が疲れてるみたいだから、先に小屋まで戻るわ」

いまどきの天国は、電波も通っているのだった。

 

採ったキノコは、なんと鑑定してもらえた

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有象無象のキノコで一杯になった袋をぶら下げて山小屋まで戻ってくると、案内人氏が採ってきたキノコをすべて机の上に出して広げるように言う。

 

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言われるままにキノコを袋から出すか出さないかのうちに、横の机で他の客たちと話していた人が近づいてきた。彼は手袋をはめ、おもむろに

「この辺は全部大丈夫。これはダメ」

などと言いながらキノコをより分け始めた。驚く我々を尻目に、あれよあれよという間に仕分けられていくキノコたち。

案内人氏の説明によると、この人は富士山に通い詰めているキノコ名人なのだそうだ。キノコシーズンには、ほぼ必ずといって良いほどこの場所にいるため、キノコを採集したはいいが毒キノコが混ざっていないか自信のない人が鑑定を頼みに来るのだそうだ。

なるほどわかった、だから案内人氏は、「よくわからないやつもとりあえず持って帰っていいよ」などと言ったのか!

 

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鑑定はものの数分で終わった。あんなにたくさんあったのに、やはり熟練者の手さばきは違うというものだ。

採ってきたキノコは、だいたい食べても問題ないものだったのだが、よくわからないからと言ってとりあえず持ち帰ったものの中にはそうでないものもあった。

中でも危なかったのが、このドクササコだ。見た目は地味だが、食べると手足が猛烈に腫れ上がり、強烈な傷みが数週間続くという、冗談みたいに危険なキノコなんである。

 

山小屋で買ったソフトクリームを食べながら、鑑定を終えた恩人とも言える名人としばし話す。

富士山にはキノコ名人と言える人間が複数存在していて、ある名人などは興味本位で「キノコのこと教えてください」と言ってきた3人組の女性を、半日山の中を連れまわしてひたすらキノコについて語り続けたそうだ。

キノコ愛を暴走させている人にとっても、これからキノコについて詳しくなりたい人にとっても、富士山はやはり天国なのであった。

 

もって帰ったキノコは、ひたすら洗う

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野良キノコには、土や虫がついている。家中の鍋を総動員して塩水に1時間ほど浸けて虫出しした後、一つ一つ洗って、根元の石づきを切り落とす。

 

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ハナイグチとキノボリイグチはぺペロンチーノとクリームパスタになった。イグチの仲間は笠の裏がスポンジ状になっているので、ふわっとした食感と、噛むと旨味の濃縮された汁がじゅっと出てくるのが特徴だ。

 

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キヌメリガサ(コンキタケ)はミートソースに。ヌメヌメとした食感が歯と舌に気持ちいい。

 

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カベンタケモドキは味噌汁に入れられた。聞いていたとおり、色は鮮やかなままだが何の味もしなかった。

 

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最後の〆は、残ったキノコを全種類入れた、厚揚げのキノコ餡かけだ。

「この中に毒キノコはないですよ」と、名人がお墨付きをくれたからこそ出来る贅沢、安心安全に裏打ちされた味だ。

 

今回のキノコ狩りは、採集場所とキノコの判別という、キノコ狩りで苦労する二大要素を両方とも人から提供してもらえるという、ありえないくらい贅沢な体験だった。また行きたい、鑑定してもらいたい......というと、毎回他力本願で向上心がないみたいだが、やっぱりまた行きたいし、できることなら採ったキノコを鑑定してもらいたいと思う。

 

 

 

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漂着したアカウミガメを埋めた話

大きめの動物の死体の写真が出るので、そういうのが苦手な人は私が旅先で撮ったキュートな鬼の写真を見て引き返すように。

 

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大きなウミガメを見つける

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先日、用事があって三重県津市を訪れた。

友達と旅行に行った帰りに自分一人抜けてきた(冒頭の鬼はその旅先で撮影したものだ)こともあって、到着した時には日が傾いていたのだが、せっかくなので宿に行く前に海岸を散策してみることにした。このあたりは潮の流れの関係か漂着物も多いと聞いていたので、何かしら面白いものが拾えないかと期待したからである。

暗くなるまでの、ほんのちょっとの間だけの散策にしよう。そう思って砂浜に出たところ、5歩くらい歩いたところで大きなウミガメの死骸を見つけた。驚いた。驚いたのと同じくらい、呆れてしまった。これではあまりにもほんのちょっとすぎるというものだ。

ともかく、見つけた以上はなんとか回収して標本にしてやりたい。実のところ、ここ数年間ずっとウミガメの骨格を組み立てていたいと思っていたのである。棚からぼた餅が転げてきても、床に落ちる前に受け止められなければ、かえって悔しい思いをするだけだ。なんとか...なんとかしてこいつを運ぶ方法はないものか。暗くなり始めるまで考えたがどうにもならない。

「明日また来るから、それまでは勝手に波にさらわれて海に帰ったり、知らない人に埋められたりするんじゃないよ」

 翌日になれば同行者を連れてくることができる。それまでに無くなったりしないよう、願をかけてその日は現場を後にした。

 

運んで埋めようとしたけれど

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 翌日、用事を済ませて駆けつけたところ、ウミガメは相変わらず同じ場所に横たわっていた。波にさらわれたり、漂着した死骸を埋葬と称してそこらに埋めてしまう住民に見つかったりはしなかったわけだ。

改めて見ると、メスのアカウミガメだということがわかった。大きさからして、自分よりも年上かもしれないと思った。

若干及び腰の同行者氏とともに、浜で見つけた適当な板切れをウミガメの体の下に差し込んで動かそうとしたのだが、これが意外に重たい。大人の男二人が「せーの!」と掛け声を合わせて引っ張ってみても、一息でせいぜい20センチくらいしか移動しない。

私は、この段階においても「動くことは動くんだから、頑張れば波に流されない辺りまでは移動させられるだろう」と思っていたのだが、いち早く現実を悟ったらしい同行者氏は「海底クラブ君、これをどこまで運ぶべばいいんだい?」と聞いてきた。波打ち際からかなり内陸に移動した松林のあたりを指差した私を見て、彼は「本気で言っているのかしら?」という表情をした。そして、その顔を見て、私も「あ、これ無理かも」と思うに至った。コミュニケーションにおける表情の役割は大きい。今、回想してみるに、二人+拾ってきた板切れで自分より重たいであろうウミガメを運ぶのは、どう考えても無理だった。

 

救世主現る 

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付近の砂浜で工事をしていたおっさんにダメ元でウミガメを運ぶ手伝いをしてくれないか聞いてみたところ、なんと工事を中断してユンボで運んでくれることになった。あまりにも寛容すぎて、ありがたいを通り越して「大丈夫か、この人」と心配になった。

 

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カタカタカタとキャタピラの音を立てながらウミガメに近づいてくるユンボを見ながら、私は不思議な気分に浸っていた。もちろん、こうなることを期待して工事の人に声をかけたわけではあるが、すんなり聞き入れられて実現してみると、奇妙な現実感のない光景だった。

ユンボの運転手にしても、まさかウミガメの死骸を運ぶ日が来るとは思っていなかったに違いない。もっと言うと、アカウミガメにしてもまさか死んでからこんな目に会うとは想像だにしなかったはずだ。これが漫画なら、私も運転手もウミガメも「ひえー」と驚き呆れた声の吹き出しを頭のそばに浮かべていることだろう。

 

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機械の力はすごい。あれだけ必死になって1メートル足らずを動かしたのはなんだったのだろう?

 

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かくして、アカウミガメは安全な場所で砂に埋められ、白骨化するのを待つところになった......となれば良かったのだが話はここでは終わらない。

後日、博物館の学芸員氏に「この前、ウミガメを見つけて埋めたんですよ」と話したところ、「ウミガメの甲羅は、砂に埋めたらバラバラになって、白骨化しても組み立て直すのは難しいですよ」という、なんだよそれは先に言ってくれよと八つ当たりしたくなるような返事をいただいた。

それで、今は一旦埋めたウミガメを掘り返して、甲羅だけ引き剥がして持ち帰る算段を立てている。

 

 

 

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口を利かないやつらの素晴らしさよ

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子供が上に乗っても沈まないという、あのオオオニバスを観察したいと思って、京都府立植物園に行ってきた。

あいにく、目当てのオオオニバスは発育途上であり、子供はおろか猫が乗っただけでもぶくぶくと沈んでしまいそうな貧相な大きさで、しかも岸から離れているため遠目にしか見ることができず、残念だったのだが、直後に見つけた看板に書かれていた文言に、萎えた気分は踵を返すように色めき立った。

 

バオバブの花、開花中」

 

植物園なんて滅多に来ないのに、それがバオバブの開花時期にバッティングするとは、なんて運がいいんだろう。入園料200円に加えて、さらに200円の温室観覧料を支払い、巨大なガラス張りの温室に入室した。

前にこの温室に入ったのは、ひょっとしたらもう10年以上前だったかもしれない。以前は、珍妙な形の植物がたくさんある、くらいの感想しか抱かなかったような気もするが、久しぶりに温室内の植物たちを眺めてみると、ひとつひとつが本当に個性的でおもしろい。

安定感の権化のような、末広がりの幹をもつトックリヤシがある。尾を引いて飛ぶ人魂のような形の葉をたくさんつけたインドボダイジュがある。オレンジ色の実が鈴生りになったカカオの木がある。温室は、室温や湿度に応じていくつかの部屋に分かれているのだけれど、部屋から部屋へ移動するたびに空気の匂いがぜんぜん違うことにも感心した。沖縄とか北海道とか海外とか、遠くに旅行したときに感じる漠然とした空気の違いみたいなものは、植生の出す香りの違いが一役買っているのかもしれないと思った。

バオバブのところまでやってきた。写真で見たマダガスカルバオバブよりはずっと小さかったけれど、筋肉がついてむちっと膨らんだような幹は健在。夜に咲いて翌日の昼には落ちてしまうという花は、運良く一つだけ落ちずに残っていた。枝からヒョロヒョロとぶら下がって咲いている花や開花待ちのつぼみたちは、きれいと言うよりはコミカルであった。一帯には甘い匂いが立ち込めていたが、これがバオバブの花の匂いなのか、近くの他の植物から出ているものなのかはわかりかねた。

順路に沿った展示も終わりに差し掛かる頃、対人コミュニケーションに飢えていると思しき老人が、単独行動中の若い女性にしきりに話しかけているのに遭遇した。「一人で来たの?」とか「どこから来たの?」とか、しょっぱなからタメ口なのがありがちだなあなどと聞き耳をたてつつ通り過ぎた。

もし仮に、動植物が人語を操るようになったらどうだろう。最初のうちこそ、もの珍しさやら、今までわからなかった気持ちを知りたいやらで、狂喜して会話するに違いない。でも、だんだん話が出来ることに慣れてくると、やっぱり気の合うのとそうでないのが出てきて、というか気が合わないやつの方がほとんどで、話しかけるのも話しかけられるのも億劫になってしまうだろう。考えてみれば、口の利ける昆虫とか、めちゃくちゃウザそうではないか。

木は偉い。何十年とか何百年とか生きていても、誰にも藪絡みなどしないのだから。動物も植物も決して話しかけてきたりすることはない。哺乳類なんかを相手にすると、「あれ、これって意思疎通できてるのでは?」と感じる瞬間もあるにはあるが、彼らも基本的には自分のことしか考えていないと見ていただいて差し支えない。だからこそ、素晴らしいのである。

 

 

 

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銘菓「砂防ダム」を作る

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毎日、暑い。

うんざりするほど、本当に、暑い。

こう暑いと、「日本の夏」などというどこか趣ある呼称は不似合いだ。最高気温35℃以上を記録した日は、「ナツ」とは区別して「アツ」という第五の季節として扱ってやるべきだろう。

「アツ」バテ気味で横になっていたある晩、ダムを模した菓子を作ってやろうという閃きが突如頭に降ってきた。何を言っているのかわからないと思うが、風鈴が涼しげな音で暑さを忘れさせてくれるように、頭からドバドバと水をぶっ掛けて強制冷却してくれるような、そんなダムのイメージを利用した涼菓が新しい季節にはふさわしいと思ったのである。

 

銘菓「砂防ダム」のできるまで 

一口にダムといっても様々だが、菓子のモチーフには砂防ダムを選んだ。大型の貯水用ダムは山奥まで行かないと見られないが、砂防ダムはちょっとした川などにも設置されている。動物園のライオンと近所の野良猫くらいの違いがあるのだ。新しいお菓子は、庶民的で親しみやすいものであってほしいから、砂防ダムの方が相応しいのだ。

メインの材料には、寒天を使うことにした。何年も前に買った天草(寒天の材料になる海藻の干物)が冷蔵庫のすみに待機していたし、なにより青臭い磯の香りが夏のダムを連想させるからだ。

 

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寒天を流し込んで砂防ダムの形に固めてやるためには、まず原型になるミニ・砂防ダムを作り、そいつを元にして型を作ってやる必要がある。

最初に用意したのは、木の板と紙粘土だ。

(ところで紙粘土のパッケージに書かれた「白くてつよい」というフレーズに読者は何を連想したでしょうか?私はマシュマロマンを思い浮かべました)

 

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 まず、木の板の上に紙粘土を盛り付けて、水の流れやすそうな谷の地形を作ってやる。

 

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ダム本体はダンボールに切れ込みを入れて作る。紙粘土とダンボール、なんとも頼りないダムだ。実際に使ったら1分と経たないうちに溶けてしまうだろう。

 

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砂防ダムの"あの形"に切り出して

 

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何枚か重ねて厚みを持たせた物を谷に埋め込んでやる。

 

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形を整え、紙粘土を水で薄く延ばしたものを全面に塗って、完成。

着工から完成までにかかった時間は約40分。ひょっとすると世界一短期間で完成したダムかもしれない。

 

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原型が出来たので、型をとっていく。

用意したのは型取り用シリコン。

 

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シリコンと硬化剤をよく混ぜ合わせてから、タッパーの中に鎮座するミニダムの上に静かに流し込んでやる。

型取り用シリコンを使って型を取るのはこれが初めてだったのだが、シリコンからカルピスにそっくりの香りがするので驚いた。

 

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そんなこんなで型が完成。

ここから、ようやくお菓子を作る工程が始まる。

 

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この、キツネから出てきた毛玉のようなモケモケが天草だ。

何年も前に和歌山を訪れたときに、旅先の浮かれ気分に任せて大量購入したものの、そもそもそんなに頻繁に使うものでもなく、また寒天や心太が大好物なわけでもなく、余らせていたものだ。冷蔵庫を開けるたびにこいつが視界の端にチラッと写り、後ろめたい思いをさせられていただけに、今回で使い切ってしまえるのがうれしい。

 

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水に少量の酢を加えたもので1時間ほど煮る。

 

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漉した煮汁を型に流し込んで

 

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冷え固まったところを取り出す。

ふむ......絶対になにか失敗をすると思っていたのだが、一度もやり直すことなすんなり仕上がってしまった。

 

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 自重で少し歪んでいる気もするが、砂防ダムの特徴である台形の切りかきもきちんと再現されている。十分に砂防ダムに見える出来と言ってよさそうだ。

 

ダムの目前で、ダムを食べる

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出来上がったお菓子をもって、本物の砂防ダムを見に来た。

どうでもいいのだが、小学校の修学旅行で訪れた淡路島で、牧場の牛を見ながらビーフカレーを振舞われたのを思い出した。

 

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水量が少ないからだろうか、上の窪んだところは乾いていて、壁面に開いた穴から川の水が流れている。

「食べないでー!」と叫びながら泣いている顔のようにも見える。

 

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そんな、ダムの声なき声は無視して、きな粉と黒蜜をそえて食べる。

では、食べ方を紹介しよう。

 

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まず、きな粉をかける。

 

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窪んだところにきな粉が貯まるが、これはダムの底に貯まった土砂を模しているのだ。本物の砂防ダムと同じで、ダム内に貯まったきな粉の量が多すぎると次の工程で苦労することになるので注意が必要である。

察しの良い読者はもうわかったと思うが、ここに黒蜜の川を流してやる。では、その様子を動画で見てもらいたい。

 

黒蜜の粘土が高く、氾濫したらどうしよう......と気が気ではなかった。上流から下流まで問題なく流れてくれて、一安心だ。

この日は例によって非常に蒸し暑く、砂防ダムは市街地から離れたところにあるため周囲には誰もいなかったのだが、菓子の上で目の前の砂防ダムを流れる水の流れがきちんと再現されたことに手を叩いて歓喜した。誰もいなくて良かったと思った。

 

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砂防ダムと銘菓「砂防ダム」のツーショット。

 

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ダムが半透明なので、中に貯まった土砂や水が透けて見える。解説用の模型を見ているようで、とてもおもしろい。

 

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 ダムを見ながら、ダムを食べる。

 

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少しぬるくなっていたけれど、美味しかった。少しだけ涼しいような気もしたけれど、それは目の前のダムがたてる水しぶきの効果だったかもしれない。実際に涼しくなったかどうかはさておき、天草を煮て型抜きして、出来上がったダムの上を黒蜜が流れるところを観察してと、なかなかに楽しい、オリジナルな夏の風物詩ができあがったので満足である。

 

 

 

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