もう2年くらい前のことなのだが、高知県にある足摺海底館という、海中展望施設に行ってきた。その容貌たるや、印象的という言葉では到底表現しきれないくらいすばらしい建物なので、再訪まで待てず勝手にミニチュアを作って部屋に飾ってしまった、というのが今回の記事の流れである。
実際に訪問したときのこと
足摺海底館の存在を知ったのは、panpanya先生の「足摺り水族館」という漫画で紹介されていたのを読んだためである。
どうしても行って現物を見てみたくなったのだが、これがなんとも行きづらいところに所在している。
四国の端の端である。
公共交通機関を使ってアクセスするには、土佐くろしお鉄道に乗って四万十駅まで行き、バスに乗り換えて海沿いの道をえっちらおっちら移動することになる。時間はかかるが、のどかで風光明媚な場所を延々走行することになるので、大変に旅情が感じられるであろうことは間違いない。
私は素直にレンタカーを利用した。
付近には足摺海洋館という水族館もあるのだが、それとは完全に別の施設であるため気をつけないといけない。
車をとめてエントランスの建物を通り抜けると海岸線に出ることができる。
波に削られたゴツゴツの岩場を縫うようにして作られた小道を進むと、海底館が見えてくる。
見えてくる...。
あまりの唐突さに、大笑いしてしまった。
周囲に太平洋と岩礁と山しかない大自然の只中にあって、その形も、紅白の色使いも、あまりに場違いなのだ。まるで海岸に不時着した宇宙船をみているようである。
なんなんだこの現実感の希薄さは...。
近くで見てもやっぱり嘘っぽい。SFの撮影現場のようだ。
「俺は帰ってたんだ!ここは高知県だったんだ!」
とか叫んでみたくなるくらい。
波が岩にぶつかる音に包まれながら、長い渡り廊下を歩いて中に入る。
受付で見学料を払い、突き当たりの螺旋階段を下っていく。
階段の途中には海抜0mを示すこんな看板があった。
階段を下り切ると、そこは海の底である。
薄暗くて丸い部屋の周囲に開けられた観察窓を通して入ってくる光は、水を通り抜けたせいで病気のように青白くて弱々しい。
部屋の中には音楽もアナウンスも一切流れていないのだけれど、潮の流れが建物を揺さぶる響きや、泡立つ水の音が絶えずに聞こえるから賑やかである。海の底って案外うるさいんだなあと、妙なことに感心してしまう。
窓からは魚たちが見える。
正直言うと、水の透明度はあまり高くない(この日は台風が通り過ぎた後だったので尚更だったのだろう)。魚たちも、潮の流れに翻弄されてあっちへ流されたりこっちへ流されたりする。じっくりと魚を観察するだけなら水族館の方がよく見えていいかもしれない。海底館は、魚を見るためというよりも、自分が魚になったような気分を味わうためにあるのだ。
窓枠に海藻が生えていて、年季を感じさせる。
海藻が伸びすぎて窓の外が見えなくなったら、どうやって掃除するのだろうか。
窓のところは外壁から一段引っ込んだ窪みになっているため、潮の流れを逃れた小魚が休んでいた。
運がいいとタコやウツボもやってくるようだ。
海底世界を堪能してから、螺旋階段を登って地上に帰ってきた。
行きは早く下にいきたくて見過ごしてしまったが、この地上展望スペースにもいろいろ展示されているようだ。
たとえば、海底館で結婚式をあげた人の写真とか、
台風の高波に晒される海底館の写真などだ。
この波に洗われる海底館の写真、ものすごく良い写真だと思うのは私だけだろうか。例えるなら、雪に覆われた金閣寺や、満開の桜並木の中を走るチンチン電車のような、人工物と自然物の奇跡的なマッチングである。
海底館の概要。思い切ったお金の使い方をしてくれた高知観光開発公社に喝采を送りたい。
展望も楽しむことができる。
普通の海岸線の景色なのだが、四方に張り出した海底館の一部が入ることで、グッと愉快な光景となる。
餌をやって魚を誘き寄せるためのカゴが吊るしてあった。
退館する前に、入り口の渡り廊下の方を見る。
着陸した宇宙船から未知の惑星の調査に繰り出す気分だ。
この造形、どれだけ見ても飽きない。
家の近くにあったら、毎日のように様子を見に来てしまうかもしれない。
残念ながら土産物屋には海底館グッズがなかった
珍妙な外観にすっかり惚れ込んでしまった。
だから私は、波にのったサーフボードのような勢いで土産物屋(海底館の建物の中ではなく、少し離れた場所にある)に駆け込んだ。海底館の建物をかたどったマグネットなり、貯金箱なり、ラムネの詰まった瓶なりが売られていると思ったからだ。本物の海底館を毎日眺めて暮らすのは無理でも、ミニチュアのそいつらを部屋に並べて、再訪までの気を紛らそうと思ったのだ。
ところがだ。
土産物屋には、海底館グッズは一切売られていなかった。
魚介類を干したのとか、ご当地キティのストラップとか、言ったら悪いがどこにでも売っていそうなものしか置いていなかった。
そういうのじゃないんだよ!と叫びたかったが、言っても仕方のないことである。
レジ横にあった海底館の模型。かっこいい!
さらにその横にあった海底館の貯金箱。かわいい!
こういうのを売って欲しいんだけど...と強く思ったけれど、いずれも非売品だった。
「この近くにはコンビニなんてないから、宿で酒を飲もうと思ってる人はここでつまみを買っとかないと後悔するよ」
という斬新なセールストークが、落胆して土産物屋を後にする私の背に響いた。
自分で作ってみた
ないものは自分で作るしかない。みうらじゅんの「勝手に観光協会」ならぬ、「勝手に土産物製造部」だ。
海底館を訪問してからだいぶ経っているが、初めて見たときの衝撃を思い出しつつミニチュア海底館を作ってみた。
海底館に形の似ている味塩の瓶をベースにして、
できたのがこれ。
石粉粘土を盛り付けて張り出した展望部分を作り、アクリル絵の具で色をつけただけである。
もちろん味塩の入れ物としての機能も維持してある。
本棚に飾って眺めている。手作りゆえに形が歪なのはまあ仕方ないとして、なかなか可愛らしくまとまったのではないだろうか。なにより、見るたびに海底館を訪れたときの「珍妙なものに出会ってしまった...」という感覚を思い出すのが心地よい。
余談だが、高知名物の鰹のタタキは塩とにんにくで食べるのが高知流だそうだ。
次に高知に行く機会があれば、何をおいてもこの足摺海底館型味塩瓶をもっていきたいと思う。料理屋で鰹のタタキを注文し、おもむろに味塩瓶を取り出し、タタキにふりかけて食べる。そして周囲を「え?あれなに?」と困惑させるのだ。それは何ですかと聞かれれば、嬉々として高知の端の端にある海底館の説明を始めるだろう。
その中から、一人でもあの奇妙な建築物を訪問する人が現れてくれれば、私は大満足である。
おまけ
足摺海底館の近くには、竜宮城の名を冠した絢爛な建物の廃墟があった。
この土地は色々な意味で我々の想像力の一歩先をいっているなと思った。