小学生の頃、家でタガメを飼っていたことがある。
タガメといえば日本最大級の肉食水生昆虫で、生きた魚やオタマジャクシなどしか食べないため飼育にはそれなりに手間と予算がかかるのだが、ともかくそんな贅沢な虫を飼育していたのである。
学校から帰宅すると、まずトイレに直行する。タガメの水槽はトイレの物入れの上に置かれていたからである。
前日に入れたエサ用の小赤(金魚掬いに使われる小さくて赤い色をした金魚。とても安価)が体液を吸い取られてぺにゃぺにゃになって水面に浮かんでいるので、「よしよし、今日もちゃんと食べているな」などと言いながらその吸い殻を掬ってトイレに流し、代わりに新しい小赤を投入する。何日かに一度は濁った水を入れ換えてやる。
タガメたちは、最も長生きしたものでたしか2年くらい生きたと思う。
ろくに温度管理もされておらず、小学生が雑に管理する水槽でなぜ越冬できたのかはいまだにわからないが、ともかく冬を越え、一度は産卵をし、そうして天寿を全うしていった。生まれた卵が孵化する前にカビが生えて全滅してしまったのは、今でもどうすればよかったのかと悔やまれるところだ。
タガメを採集した溜池は、数年後に訪れた時には埋め立てられて跡地には製材所ができていた。
先日、そんなタガメと久々に再開する機会に恵まれた。
遠方で仕事をした帰りに、同行者が
「この近くにタガメのいる池があるんだけど、寄ってみる?」
と提案してきたのである。
タガメの池は、過疎化で人が済まなくなった地域の山中にぽつんと残されていた。夜中に訪れたのであたりは真っ暗だった。懐中電灯で照らすと、水面が楕円形のジュンサイの葉にびっしりと覆われているのが見えた。
網を持ってきていなかったので手づかみで捕まえるしかない。幸いタガメは体が大きく、泳ぎのペースもゆっくりとしているので、素手でも簡単に捕まえることができる。
「やった、捕まえた!」
喜んだのも束の間、体重をかけていた左足が猛烈な勢いで池の底の泥に沈み始めた。
「うわ、沈む!」
なんとか姿勢を取り直して沈下を止めたけれど、しばらくは池の中で胸の近くまで水につかりながらドキドキしていた。でも、この興奮のもとはほとんどがタガメにまた会えたことによるものだと思った。
タガメには、泥に沈んで死にかけてでも会いに行きたいと思うだけの魅力が、私にとってはあったのである。