日記(2024年9月5日~2024年9月9日)

2024年9月5日 木曜日

日中、なお暑し。

市の無料資源ごみ回収所に持ち込んでよいものリストに「布類(古着、古布、タオル、シーツなど)」とあるので、クッションも回収してくれるのか?と思い電話で聞いてみる。「クッションは可燃ごみでお願いします」と言って断られる。

その後5分ほど、なんとかしてクッションに簡易な加工を施して「古着」にできないか必死で考える。

 

2024年9月6日 金曜日

府立植物園に行く。びっくりするくらいガラガラで、大喜びで園内を3周ほど徘徊する。

ヒョウタンが見頃だった。大きいのや小さいの、丸いのや細長いの種々雑多なヒョウタンたちがいた。人の頭くらいの大きさの緑色のものが、ちょうど人の頭くらいの高さで棚から吊るされている様子は少し異様だった。連なるそれらの下を歩くと、そこだけ重力が薄くなっているような気がした。

 

2024年9月7日 土曜日

気分が低調。ゆで卵を食べる以外のことをとくにせず。

 

2024年9月8日 日曜日

私が今住んでいるところに、70年前に住んでいたというおばあちゃんにインタビュー。つい最近知り合ったばかりなのに、どうしても話を聞きたいとお願いしたら快く家に上げてくれたのだ。お年は今年で100歳。耳が遠いのは年齢のせいと思っていたら、20代の頃に結核を患った後遺症だという。

戦時下の大阪で勤労動員された話、ある日職場から帰ったら空襲で下宿も学校も燃えてしまっていた話、終戦後の京都で当時としてはとても珍しい女子の大学院生になった話、結核に罹患したとき医者から学問を中断して療養所へ行くよう言われ鉛を飲んだように胸が重く悲しかった話、諦めきれなくて受診した別の医者で処方された当時最新薬のストレプトマイシンを毎日自分で膝に注射した話、生還して結婚した話、それでちょうど娘が生まれた時あなたが今住んでいるところで暮らしてたのよ。

あっというまに3時間が過ぎた。今、奇跡の話を聞いている、と思った。胸がいっぱいになった。

些細な出来事も、そこに至るまでの過程を時間が経ってから詳細に紐解いていくと、数多くの偶然が重なった結果そうなったのだと気づくことがある。奇跡という言葉は、ただ滅多に起こらない現象だけを意味するのではなかった。それは、過去から今へと辿る時間の重みや、数限りない他のあり得たかもしれない選択肢に思いを馳せることだった。

 

2024年9月9日 月曜日

十年以上前に行った旅行のことでどうしても確認したいことがあって、先代のパソコンを立ち上げて写真を漁る。このiMacも購入したのは15年くらい前なのに、いまだに電源を入れれば起動するし、緩慢ながら操作を受け付けてくれる。えらいものだ。とはいえ、いつまで今の状態で保ってくれるかわからないので写真の類は早くバックアップを取らねばと考えているのだが。目的の旅行の写真を見つけた後も、しばらく過去に見入る。