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くくり罠に初めての獲物がかかった日

※動物の解体の写真が含まれます

 

空振りやニアミスを繰り返していたくくり罠に、ついに獲物がかかった。

くくり罠についてはこちらの記事を参照。

kaiteiclub.hatenablog.com

 

京都市内に珍しく雪が積もった日の朝、いつものように罠の見回りのために山に入った。木の上に積もった雪が朝日に照らされて融け、滑り落ちてばさばさと音を立てるので、森の中はいつもよりざわついているようだった。

罠の設置場所に近づくと、ここでもがさがさという音がしている。やはり雪だろうか?と思った。猟期が始まってからこちら、2ヶ月近くに渡って罠猟の空振りが続いていたせいで、罠の見回りをするとき「どうせ今日も空振りでしょ」と半分諦めたような気になってしまっていたのだ。

坂を越え、罠を仕掛けた場所が視界に入ってくる。直前までは、歩きながらいろいろな雑事に思いを巡らせていたのだけれど、眼前に現れた光景を見て、一瞬すべての思考が停止した。一頭の鹿が、前足と木の間にぴんと張ったワイヤーを外そうとしてもがいていたのだ。私が、自力で捕獲した獲物第1号と対面した瞬間だった。

 

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驚きで頭が真っ白になってから一拍おいて、すさまじい興奮と喜びがこみ上げてきた。ついに捕まえたんだ!雪が積もった山の中で、一人で思わずガッツポーズをとった。

ひとしきりの興奮が冷めると、目の前の現実を観察する余裕が出てきた。罠にかかっていたのは、若いオスの鹿だ。小さいながら立派な角も生えている。私が鹿に気づいたのとほぼ同時に、鹿もこちらの接近に気づいたようだった。ワイヤーを外そうとしてもがく動作を止め、障害物になりそうな低木の後ろに陣取ってじっとこちらを見つめている。

鹿の方を見つめたまま、ポケットからスマホを取り出した。その日一緒に出かける約束をしていた知人に、申し訳ないが行けなくなった由を手短に伝えた。これで、時間を気にせずに鹿の相手をすることができる。

 

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罠にかかった獲物にトドメをさす(”止め刺し”という)ために、手ごろな木棒を探す。草食動物とはいえ、相手は野生の獣だ。命の危険を感じれば何をしてくるかわからない。角も生えているし、力だって私より強いはずだ。必死で向かってこられたら、逆にこっちが串刺しにされてしまうかもしれない。

相手との十分な間合いを確保できるだけの長さと、硬さのある棒がいいだろう。しかし、条件に合う棒がそうそう落ちているわけはない。もたもたしている間にワイヤーが切れてしまうのではないか...はやる気持ち抑えながらしばし周囲を探し回り、なんとか使えそうな棒を見つけることができた。

棒をもって、鹿にじりじりとにじり寄る。じっとしていろよ、というこちらの思いとは裏腹に、当然なのだが、鹿はワイヤーの長さが許す範囲の中を目一杯逃げ回る。彼も、こちらが何をする気でいるのか薄々気づいているのかもしれない。それでも、数回の空振りの後、渾身の力を込めて振り下ろした棒が鹿の頭部命中した。やった!勝負がつくかと思われたが、棒は鹿の角に当たってあっさりと折れてしまった。芯が腐っていたのだ。冷静になるため、いったん鹿から離れて作戦を練ることにした。

闇雲に追いかけても、いつまで経っても決定打を与えることができない。鹿の動きをできるだけ封じたところに、狙いすました強力な一撃を加えなくてはならないのだ。そのためには、まず、きちんとした武器を見つけなければならない。目についた、程よい太さと長さで丈夫そうに見える棒を拾い上げ、片端からその辺に落ちている岩にたたきつけてみる。地面に落ちているだけあって、大方の棒は腐ってもろくなっているため、あっさりと砕けてしまうのだが、繰り返すうちに使えそうな硬さの棒を数本確保できた。その中から瘤のように膨らんでいて打撃力の高そうなものを選ぶ。これで武器は十分だろう。

次は鹿の動きを封じる方法だ。先輩猟師は、ロデオボーイのように投げ縄を鹿の首や角にかけ、罠の端を適当な木に結んでしまうことで自由を奪うのだといっていたが、あいにく使えそうな縄の持ち合わせがなかった。そこで、棒で小突いて鹿を追い立て、罠のそばの障害物になる低木にワイヤーが絡まるよう誘導することにした。先ほどの立ち合いで鹿が積極的にこちらに向かってくることはなかったから、逃げる方向をコントロールしてワイヤーを絡ませることができないかと思ったのだ。

再び鹿ににじり寄る。棒の先端で尻のあたりを叩いてやる。やはり、向かってはこない。全ての鹿が人を攻撃してこないとはとても言えないが、この鹿に関して言えば攻撃的ではないようだ。障害物の周りを2,3度往き来したところで、鹿が膝を折ってへたり込んだ。罠を仕掛けていたところはもともと足場が悪く、目論見通り絡まって短くなったワイヤーに前足をとられ、転倒しそうになったのだ。千載一遇のチャンスだ。ある程度の危険を承知で鹿に近づき、首筋に狙いをすまして渾身の力で棒を振り下ろす。今度こそ、棒は鹿の後頭部にするすると吸い込まれていく。

ドサッと地面に倒れたのも束の間、鹿はその首を天の方向に仰け反らせて「ピヒイ!」という鳴き声を上げた。まったく予期していない大声だったので、一瞬凍りついてしまった。正真正銘の、断末魔の叫びだ。まさか仲間を呼ぶわけではあるまいし、「もう死ぬな」と悟った瞬間に大声を上げることにどういう意味があるのかはわからない。しかし、口から血の泡を垂らしながら鳴き声を絞り出すその姿に、鹿とてやはり生きることへの執着があるのだな、という当たり前の感慨が頭を掠めた。それから、棒をさらに2,3回振り下ろした。

 

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失神した鹿に恐る恐る近づき、そっと毛皮に触れてみる。あまりじっくりとは観察していられない。甦生して暴れる前にトドメをささなければならないからだ。ナイフを首に突き立て、気管や動脈が通った喉を一気に切断する。昏倒しているとはいえ心臓はまだ動いているので、切り口からは強烈な勢いで熱い血が噴き出し、雪を融かして地面に滲みこんでいく。

これも、いつか自分で獲物を処理するときのためにと、先輩猟師が教えてくれたやり方だ。しとめた獲物はできるだけ早く動脈を切断して血抜きをしなければ、血生臭くてとても食べられない肉になってしまう。獲物を捕まえた後の処理も、猟師の腕の見せ所なのだ。

 

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罠を踏んだ前足を見てみる。硬いひづめに引っかかって、ワイヤーが抜けなくなっていた。ばねを緩めない限り、人間の手を使っても外すことは難しいだろう。

 

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地面が平らになっているところまで鹿を引きずって移動した。解体を始める前に、しばし観察する。角の先が二股になっているので、満2歳になりたての鹿だろうか。毛並みや、すらっとした脚の美しさに惚れ惚れとさせられるような、良い鹿だ。

 

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雪が積もっていたのは非常に運がよかった。地面に肉を置いても、土がつかないからだ。自宅に解体設備を用意し、獲物を持ち帰って解体できるようにするのが一番よいのだが。

腹を割き、内臓を引っ張りして、代わりに手を入れてみる。寒さでかじかんでいた手がきりきりとほぐれていくのがわかる。

 

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取れるだけの肉を取り去ると、頭部と脊髄、あばら骨だけが残った。一瞬、持ち帰って全身骨格標本に...という思いがよぎる。鹿の全身骨格標本、そんな立派なものが作れたら、どんなに楽しいだろう。

逡巡したが、持ち帰るのはさすがに無理だという結論に達した。こんなものを持って下山したら、家にたどり着く前に補導されてしまうだろう。地面に適当なサイズの穴を掘って、埋めてしまう。

実は、解体が終盤に差し掛かる頃には頭上がかなり騒がしくなっていた。雪の上に浮かんだ赤色を目ざとく見つけたカラスや猛禽たちが、とっとと立ち去れと言わんばかりに私の頭上を旋回しはじめたからだ。私がいなくなれば、彼らはすぐに下りてきて残滓を掘り起こして食べ始めるだろう。夜になれば狸や狐も来るに違いない。

 

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剥がした皮の方も、泣く泣く同じように埋めてしまう。いずれは皮なめしにも挑戦したい。

 

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帰宅して肉を骨から外し、ラッピングしたところ。1頭の鹿からは、文字通り山のような量の肉が取れる。解体に4時間、精肉に2時間ほどかかっただろうか。作業を終えた頃には疲労の色も強かったが、目の前に山積みになった1日の労働の成果を見ると、それ以上に強い満足感を覚えた。同じ量の肉を手に入れるのでも、お金を払って買ったのでは、これほどの達成感や喜びは得られなかっただろう。

さて、この肉をどうやって食べよう。一人では食べ切れそうもないから、友達に分けてあげてもいいな。そんなことを考えながら、シャワーで疲れた体を洗い流し、床に就いた。

「狩猟をやっていてよかった」

心からそう思った。