(たぶん)2023年に読んでおもしろかった本

「(たぶん)ってなんだよ」と感じられたことと思う。

そもそも自分が何を読んだか覚えていないのである。運よく覚えていたとしても、いつ読んだのかとなると忘却の彼方である。

毎年この時期になるとTLを賑わす「今年よかった○○」に参加しようにも「はて、何を読んだっけ?ああ、そういえばあれはおもしろかったけど、読んだの今年だっけ?」と迷っているうちに年が明けてしまう。

そんな迷いを打破するための(たぶん)である。

ということで、2023年(と言いつつだいたい2020年に入ったあたりから)読んで印象に残った本を適当に選んで並べてみた。

 

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中国の死神 大谷亨

中国の民間信仰の世界に無常鬼という死神がいて、背が高くて白いのと背が低くて黒いのの二人ペアで現れると信じられているという。

筆者が中国各地をフィールドワークして集めた無常のカラー写真が大量に収録されていて、そこそこちゃんとしたのから人民の手作り丸出しのものまであって見ていて楽しい。

無常収集の道中を面白おかしく書きつつ、最後は現在のペアスタイルの無常が成立した歴史的課程をきちんと解明しているのはさすがである。

 

語学の天才まで1億光年 高野秀行

語学学習の本だと思って買ってしまう人が続出したらしい。著者がこれまでミャンマーやらコンゴやら南米やらに行った話はすでに本になっているけれど、その中から語学のい関係のあるエピソードを深堀りして集めたのが本書。

とはいえ語学上達の極意のようなことにも一応は触れられていて、いわく「とにかくネイティブをつかまえて話す」「話をしなければならない状況(≒トラブル)になれば語学は伸びる」といったものだ。実行するのはなかなか前途多難である。

 

キリンの首(Der Hals der Giraffe) ユーディット・シャランスキー

以前図書館で見たドイツ語の原書(ハードカバー版)の、布張りにした表面に刺繍でキリンの骨を描いた装丁があまりに美しくて、内容を知らないくせに翻訳を期待していた本。

残念ながら翻訳版ではそこまで手の込んだ装丁はされていないけれど、著者の描いた挿絵がふんだんにちりばめられていてページをめくるのが楽しい。

ただし話の内容は終始陰鬱。

 

砂の都 町田洋

作者の病気療養がひとまず明けて、本が出たことがうれしい。これまでの作品はふんわりとした終わり方のものが多かったような気がするけれど、今回はわかりやすいハッピーエンドで〆られていたのも気持ちよかった。

 

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ここから少し古い本

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ピダハン ダニエル・L・エヴェレット

筆者が右手を指して「これはなに?」と聞くとピダハンは「俺の手さ」と答える。左手を指して「じゃあ、こっちは?」と聞くと「もう一個の俺の手さ」と答える。なんと、ピダハンには左右を区別する言葉がなかったのである。

終始こんな感じで、筆者(とその家族)がおもに言語に焦点をあててピダハンの世界観にわけいっていく。

言語やものの考え方が我々のそれとまったく違うピダハンの世界に放り込まれることは、いわゆる異世界転生ものを現実でやってみたと言えるのかもしれないが、終盤で明かされる、ピダハンとの出会いによって引き起こされた筆者の人生の変化はあまりにも劇的だった。

 

幻の朱い実 石井桃子

恥ずかしながらこの本を読むまで石井桃子という人のことを知らなかったのだけれど、「クマのプーさん」や「ドリトル先生」の翻訳をした(「ドリトル先生」は井伏鱒二訳だが石井桃子の書いた下訳がほぼそのまま採用されている)児童書界隈の巨頭だそう。

ドリトル先生」は子供の頃大好きだった本なので、知らずの大恩人だったわけだ。

「幻の朱い実」は友情、自由、働く喜び、理不尽、不自由、死、老いといった人生の諸々をちりばめた筆者の半自伝的な作品だ。読んでいてワクワクするやら胸が苦しくなるやらで忙しい。

話は戦前のパートと戦後時間がたってからのパートの二つに分かれている。もっとも抑圧的で、劇的な変化があったはずの戦中の話は省略されていて、戦前のきな臭い予感と、戦後の記憶の中でほんの少し語られるだけである。

にもかかわらず、「最高の友達といるときの自由でなんでもできそうな解放感」と「自分の人生が自分以外の何かの力に押し流されている無力感」があまりにも精緻に描かれていて、すごいものを読んだなと思ったのだった。