2023年5月31日

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山奥にあるお茶屋で新茶とワサビ漬けを買ったところ、「これ、少し黒いところがあるけどオマケね」と言って生のワサビを一本つけてくれた。

ここの基準ではB級品なのかもしれないが、街で買えば高くつきそうな一品なので大喜びでもらって帰る。

家に帰って、さっそくその日の夕飯に使ってみることにした。

店の人に教えてもらったおすすめの食べ方は、刺身でも蕎麦でもなく、なんとほとんどねこまんまみたいな料理だった。まずご飯に海苔と鰹節をかけ、さらにその上にすり下ろしたワサビを好みの量で載せる。最後に醤油を少し垂らしたら完成だ。遠方から帰ってきて疲れていたから、こういう簡単なレシピを推奨してくれるのは心底ありがたい。これが美味しく食べるために1時間煮込まなければならないような食材だったとしたら、そのまま冷凍庫に直行していたことだろう。そして次に存在を思い出すのは数ヶ月先だったに違いない。

旅先で手に入れたグルメをその日のうちに最良の状態で正味できるのは、ほぼ擦りおろすだけで調理が完了してしかも主役を張れるだけの力をもったワサビのおかげである。そう思うと、いっそう生ワサビのありがたみが身に沁みるというものだ。

そういえば「美味しんぼ」にも似たようなレシピが出てきたなと、海苔をちぎって細かくしながら思い出した。たしか他の具を一切入れずにワサビだけを巻いた海苔巻きである。読んだ当時はこんなの鼻が痛いだけで美味しくないんじゃないのと思ったものだが、今ほぼそれと同じものを作っているわけである。「美味しんぼ」では鮫の皮を使ったおろし器できめ細かくワサビを擦りおろすことを推奨していたけれど、当然そんなものはないので普通のおろし金でゴリゴリと擦りおろす。サメには及ばないかもしれないが良い香りが出たのでよかった。

出来上がった料理はピリッとした刺激と鼻に抜ける爽やかな香りが心地よくたいへんに美味しかった。そもそも鰹節と海苔だけでも十分に美味しいのに、そこに真打ちと言うべき生ワサビが追加されるのだから成功は最初から約束されていたも同然だったのだ。

ご飯に乗せた千切り海苔が途中でなくなったので、追加の海苔を使って今度は海苔巻きみたいにして食べてみることにした。一段と前述の美味しんぼレシピに近づいたわけである。

鰹節とワサビがまぶさったご飯を海苔で巻いて食べると、はじめに味海苔が舌に着地して、それを噛み割ることで遅れてワサビの刺激が出てくる。先程までと味のパーツは同じなのに舌で感じる順番が変わるのだ。なんというか、一種の教育術のようだと思った。怒られてから褒められるのと、褒められてから怒られるのでは、同じ説教をされるのでも感じ方が変わるだろう。

もちろん「怒り」と「褒め」の順番がどうあれ説教をされるのはまったく面白くはないものだが、それとは対照的に海苔が先でもワサビが先でもワサビご飯は変わらず美味しいのだった。