時を超える南インドの踊り ナルタキ・ナタラージ民博公演を鑑賞する

国立民俗学博物館で南インドの舞踏が公演されるというので、観に行ってきた。
 

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吹田市万博公園内に設置された国立民俗学博物館(通称:みんぱく)は、世界中から民俗学的資料を集め、研究を行っている。収集された品々の一部は一般に公開され、その展示の充実ぶりには目を見張るものがあるが、今回はそちらは素通りして講堂へ。受付を済ませて開演15分前に席に着いたが、そのころには何百とある座席のほとんどが埋まっていた。
 
舞踏を披露してくださったのは、チェンナイを拠点に活動しておられる舞踏家のナルタキ・ナタラージさんだ。披露されるのはバラタナーティヤムという、インド4大舞踏の一角を占める伝統的舞踏である。もともと寺院での儀礼のために組み立てられたバラタナーティヤムは、それを通じて神に近づいたり、神に関する寓話を再現するための手段であり、この公演の演目もすべて、多かれ少なかれ宗教色を持ったものだった。音楽に合わせて繰り出される動きや、演者が身に着ける装飾もまた、宗教的意味によって裏打ちされているはずなのだが、私には知識がなく、そこから多くを伺うことはできなかった。
 
演目は長いものでは40分におよぶ。その間休みなく踊り続ける演者の体力に驚かされたし、ひらひらと動くその手の指の1本1本にまで、緊張感が張り詰めているように感じられた。南国の踊りと聞いて思い浮かぶような、開放的な感じとはかなり違った印象を受けた。
 
上演中は終始、舞踏と音楽に心を奪われ、圧倒されっぱなしであったが、一番印象に残っているのは「チンナンチル・キリエ」という演目だ。この演目では赤ん坊をクリシュナ神の化身に見立てて、その子を寝かしつけるための子守唄を歌い、踊るのである。演者はゆったりとした動きで赤ん坊(に見立てた布包み)をあやし、赤ん坊は順調に眠りの淵に沈んでいく。赤ん坊の眠りに合わせるようにして、演者の動きと音楽はさらに緩慢になっていく。ゆったりとした空気に包まれる舞台。眠りについた赤ん坊をゆりかごに降ろし、一礼して退場していく演者。演技が終わったと思った観客が拍手をすると、さっきまで消え入ろうとしていた演奏が再び激しく鳴り始め、演者が慌てて舞台袖から躍り出てくる。拍手の音に驚いて、赤ん坊が目を覚ましてしまったのだ。なんとかもう一度赤ん坊を寝かしつけた演者は、観客席に目配せをしつつ、人差し指を口の前にあてて静かに退場していく。それまで演じる側と鑑賞する側に分かれていたのが、突如垣根を飛び越えてバラタナーティヤムの世界に引き込まれてしまったようで、はっと息を飲む思いであった。同時に、ユーモアな演者への親近感が湧いてきた。
 
公演の終わりの方で、ナルタキさんの生い立ちについても解説されていた。 ナルタキさんはバラタナーティヤム発祥の地である南インド、タミルナードゥ州の出身で、幼いころから男性としての自分に違和感を抱いていたそうだ。社会の中で居場所を見つけられないでいたときに、舞踏の大家であるK・P・キッタッパー・ピッライ氏に出会い、そのまま舞踏家になった。舞踏で演じる架空の世界の中に、肉体と精神が調和しない自分の居場所を見つけたのだという。社会の強い風当たりを受けた人が、その社会の最も伝統的な部分に居場所を見つけたというのが、なんともアイロニカルである。
 
さて、公演終了後にアンケートに記入してから帰るのだが、アンケート用紙の性別の欄がこんなことになっていた。
 

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ほんのひと月ほど前に別の催しでアンケートに記入したときは、一般的な【男・女】と書かれた中から該当する方に〇を付ける方式だったので、この公演を機に、トランスジェンダーに配慮した形式に改められたものと考えるのが妥当だろう。みんぱくはなかなか進んでいるなあと、最後の最後まで感心させられたのだった。
 
 

おまけ

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常設展示場の南アジアコーナーに展示されている、インドの衣装ケース。いかにも宝箱な外見がとてもよい。これに限らず、すばらしい展示品が目白押しなので、ぜひ見に行ってほしい。