沖縄の河川では、人の手で放流された南米原産のプレコことマダラロリカリアという熱帯魚がうじゃうじゃ生息している。しかも、こいつらは鎧のような防御力の高い鱗にかまけて、敵がきてもちっとも逃げようとしないから、手掴みで簡単に捕獲できる。そんな心躍るようなわくわくする話を聞いたので、さっそく捕りに行ってきた。
安里川を散策する
沖縄本島一の観光スポットである那覇の国際通りの、そのすぐ脇を流れる安里川。那覇空港発のモノレールの駅を出て、そのすぐ目の前を流れる川である。
こんな街中の川に魚なんているの?という気がしそうなものだが、熱帯の川の包容力を侮ってはいけない。ちょっと川面を観察しただけで、大小の魚が泳いでいるのを見ることができる。
事前に情報収集をして、沖縄本島の南部の河川にはほぼ例外なくプレコが生息していることはわかっていたので、この安里川にも間違いなく彼らはいるはずだ。
プレコは藻などを食べるために水底にへばりついているので、水深のあるところでは目視で探し出すことはできない。なので、ここよりも水量が少なく浅い上流を目指しつつ、プレコを探すことにした。
1本目の橋から下を覗き込むと、流れに逆らって泳ぐオオウナギがいた。
1m以上あるウナギが、真昼間にその大きな体を隠すでもなく普通に泳いでいるんだから、やっぱり沖縄は違うなあと、非常に興奮した。
次の場所ではミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)もいた。こいつはほんと、どこにでもいる。
プレコと同じく外来魚であるティラピアや、国内移入種のコイは、それこそいくらでも泳いでいる。しかもかなり大きい。でかい魚がうじゃうじゃ泳いでいるのを見て、ここでもはしゃいでしまう。
が、である。肝心のプレコがいないのだ。事前に調べたところでは、これと言った天敵のいないプレコは沖縄の川で大繁殖しているという話だったはずだ。それこそカメも泳げばプレコに当たるくらいの密度でいるはずだったのだけれど、1時間以上探しても1匹も見つからないのはどういうことだろう。
そろそろ日が傾いてきた。今日はもうだめかな、と思いつつも、あと少しだけあと少しだけと、往生際悪く川を遡上する。そして、ある橋の上から、川に水路が合流して少し水深が深くなっているところを観察していたときだった。
いた(中央に写っている魚がそれ)。
双眼鏡で観察して、特徴的なマダラ模様が見えたときには、喜びと興奮のあまり周りに人通りがあるのも憚らず「いたいた!」と叫んでしまった。
たった1匹だけれど、プレコは間違いなくそこにいた。事前情報ほど大量ではないが、生息していると言うのは間違いではなかったのだ。わざわざ沖縄まで来た甲斐があった。
あとは網ですくうだか手づかみだかで捕獲するだけなのだが、ここで二の足を踏んでしまった。
そろそろ日が沈みそうだとか、護岸工事されていて水面まで下りるのが大変だとかいうのも確かにある。しかし、それは一番の理由ではない。これは安里川に到着した瞬間から気になっていたことなのだが、川が汚いのである。
プレコを見つけた場所にしてからが、脇の水路からは真っ白に濁った生活廃水がドボドボと流入していて、橋の上からでも人工的な芳香の混じった汚臭がかすかに嗅ぎ取れるほどである。
それでも、私は川に下りた。ひょっとしたらプレコの生息数は言われているよりもずっと少なくて、この機会を逃したらもう会えないんじゃないかと危惧したからだ。
臭い水に膝下まで浸かりながら、ゆっくりとプレコに近づく。と、プレコはこちらの気配を察して、瞬く間に逃げてしまった。
「おい!警戒心がないんとちがったんかい!」
事前情報と違う俊敏な動きになすすべもなく立ち尽くした。プレコの逃げ込んだ先は水が相当に深くなっているところで、さすがにそこまで追いかけるのは嫌だった。
コンクリート壁をよじ登ると、地元住民が何をしているのかと話しかけてきた。
「プレコという魚を探しているのです。うまく捕れたら食べようと思いまして」
と言うと、
「変わった魚がいるのね。でもこんな汚い川の魚は食べないほうがいいよ」
と言って、行ってしまった。
もうちょっと綺麗そうな川にやってきた
都市部はプレコの数も少なく、よしんば捕獲に成功してもあまり食べる気にならない。
前日の体験からそう痛感したので、翌日は郊外を流れる別の川に捜索に出た。こちらの川はあからさまな生活廃水の臭いはしないし、護岸工事もされていないので安里川に比べれば楽に川に入れそうだったからだ。(ただし、川岸の藪には蛇がいるかもしれないので、それなりに安全に川に入れる場所を探す必要はあった)
見つからなかったらどうしようというこちらの心配をよそに、なんと水に入って30秒ほどで、1匹目がへばりついているのを見つけてしまった。
田舎のプレコは、近づいても逃げない。都会のプレコと違ってスレていないのだろう。
頭のあたりを静かに手でつかんで...
あっさり捕獲に成功!うわっ!簡単!
そこからはお祭りだった。よく見ると、プレコがそこら中にいるのである。しかも、近づいてもほとんど逃げようとしないのだ。手でつかんで、水から引き上げられると、尾を振って抵抗らしいことをするのだが、時すでに遅しである。
両手にプレコ。
この下向きについた口で、川底の藻を食べる。サイドについているヒゲが、ナマズらしさの名残である。
地面に並べてみて、アブノーマルなその外見に見入ってしまった。ヒレが大きくてとてもかっこいい。そして何より驚くのは、釘が打てそうなほどカッチカチの鱗である。防御力に絶対の自信があるから、敵が近づいてきてもほとんど逃げないのだろう。
濁った川では特徴的なマダラ模様が迷彩効果を生むので、目が慣れないと近くにいてもなかなか気づかなかった。
あっという間に4匹捕まえた。その気になればいくらでも捕れたのだが、持ち帰るのも大変だしたくさんはいらないので引き上げることに。
料理して食べる
宿にもって帰ると、一躍大人気に。観光客も現地住人も、みんなしてこんな魚は見たことがないと言っていた。
まな板の上のプレコを
捌く!ここにきて急に激しく動いたりして抵抗を試みるが、もう遅いのである。「暴れるタイミングを間違ってるよ、君たち」と言ってあげたい気分だ。ていうか水揚げしてから1時間以上たってるのに、まだ生きてたのね。
捌き方としては、まず比較的柔らかい腹側の適当な場所に切れ目を入れて、そこから厚くて固い装甲のような鱗をはがしていく。背側の鱗は本当に固くてとても断ち切ることはできないため、鱗と肉の間に刃を入れて少しずつ引き剥がすようにした。
実際には包丁よりもキッチンバサミを多用した。
で、取れた肉がこれ。装甲が厚いので、必然的に肉の部分は着痩せして少なくなる。
装甲は固いだけではない。その表面には細かい棘がびっしりと生えていて、ヤスリのようになっているのだ。おかげで、プレコと格闘したあとの指先はこの通りボロボロである。
装甲を脱がしてしまえば、あとは普通の魚と同じ。ナマズの仲間ということで、臭みを警戒してスープカレーにしてみた。
うん、プルプルしてていける!
臭いはほとんどしなくて、非常にタンパクな白身魚だ。あえて言うなら、ゼラチン質が多いのが特徴だろうか。
二品目を作る。もう一度この装甲と格闘するのは骨が折れるので、皮をつけたまま強引に丸焼きにしてやることに。
腹の切れ目から内臓をとり、代わりにネギ、生姜、胡椒、ごま油、白ワインをあわせたものをたっぷりと詰める。カレーほどの臭み消しの効能は望めず、プレコそのものの味を味わうことになりそうだが、どうなるだろうか。
オーブンに入れ、250℃で20分くらい焼く。
『プレコの香草丸焼き』完成!
なんだか、グレーでマットな感じになった。
シューシューと音をたてるプレコの殻を、包丁の背で恐る恐る叩き割ってみる。
するとどうだろう。生の時はあれほどの固さと粘りとで我々を苦しめた殻が、加熱によってすっかり脆くなって、バリバリと破れていくではないか。
肝心の味はどうだろう。驚いたことに、これが非常に美味しいのだ。厚い殻が香りや水分を閉じ込める役割を果たしてくれたようで、香草の香りが、ゼラチン多目のしっとりとした白身全体にふんわりとゆきわたっているのだ。
調理の楽さと、見た目のインパクトと、味の良さをどれも満たしてくれる、プレコにぴったりの料理法である。
まとめ
どこにでもたくさんいる、と言うわけではないが、沖縄の河川には確かに外来魚のプレコが生息していた。そして実際に触ってみて、彼らが着ている鎧の固さに驚いたし、これなら天敵がいなくて落ち着き払っているのも当然だと思った。プレコの側からすれば、向かうところ敵なしと思っていたのが、突然手先が器用なサルにつかまってしまって驚いたに違いない。
プレコは簡単に捕獲できて(ただし捌くのはすごくたいへん)、味も良い。そしてなにより見た目がかっこいい。この魚が沖縄に定着したのは、飼育しきれなくなって野に放った不届き者のおかげなわけだが、非常に魅力的な魚なので飼育したくなる気持ちはわかる。次に沖縄に行くときには、また捕まえたいと思う。私が、彼らの天敵なのだ。