2023年5月12日

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山奥で見た川がダイナミックでかっこよかった。以下は帰宅後の話。

 

夕飯の準備をする同居人が「ああ!」と叫ぶので行ってみると、ネズミ捕り用に仕掛けた粘着シートにヤモリが引っかかって動けなくなっていた。それも1枚のシートに3匹も。

私は一目見て「またか!」と思った。昨年の夏にもこれと同じことがあったのである。その時は自分を責めて二度と粘着シートは使うまいと誓ったのに、季節が一周して再びネズミの被害が増え始めるとつい設置してしまった。いい加減な人間の自責の念など当てにならぬものだ。しかも、去年も今年も肝心のネズミが粘着シートにかかったことは一度もないのだから目も当てられない。仕事はしないくせにいらぬことばかりして周囲に迷惑をかける大馬鹿者とは私のことだ。

不幸中の幸いでヤモリたちはみな生きているようだった。救出することにする。まず粘着シートからヤモリを剥がすのだが、この手のシートの粘着剤は非常に強力で力任せに引っ張るとヤモリを殺してしまいかねない。体と粘着剤の間に油をつけたりしながら大まかに剥がしていき、もう大丈夫だろうという頃合いで一気に引き上げる。ニチャアという音をたてて透明の糸をひきながらヤモリが剥がれた。慎重にやったのに、1匹は尻尾を自切してしまった。申し訳ない。

大変なのはここからである。ヤモリの体にベッタリとついた粘着質を取り除いてやらなければならないのだ。まず粘着質の上から植物油を塗り、小麦粉をまぶして優しくこする。油でふやけた粘着質を小麦粉がまきこんでもろもろになったところで水と洗剤を使って洗い流す。これを何度も根気よく繰り返す。

ヤモリに小麦粉をまぶすのは、なんだかヤモリのてんぷらを作ろうとしているようで妙な気分だった。冷静になって考えてみると、大の大人二人が夕飯の準備その他の仕事をほっぽり出してヤモリを一心に洗っている様子は、はたから見ると軽くホラーである。

「手も目も疲れるし時間もかかるし、こんなみじめで悲しい気分になったのはほんとに久しぶりだよ」

と言う。

「気楽に生きてるね」

と同居人が返す。しばし笑う。

手元でヤモリが

「笑ってんじゃねえぞカス」

と怒って指に噛み付く。

「ひ!」と驚いて手を離しそうになる。

ひどい罵倒だが、すべてこちらが悪いので返す言葉もない。気まずい沈黙が下りる。

別のヤモリが

「こいつらは慈愛の精神でやってるわけじゃないんだ。罪悪感を軽くしたいのさ」

と言う。

そんなことまでわかっていたのか!

さんざん恨み言を聞かされながらせこせことヤモリを洗い続ける。満足とは言えないまでも及第点をもらう仕上がりになる頃には、なんと夜の8時半を回っていた。

ずっと蛇口の前に屈んで作業していたから腰がヒリヒリと痛んだ。ヤモリたちも洗われ疲れてぐったりとしていた。このまま彼らが衰弱死して、徒労感と後味の悪さだけが残されるんじゃないかと思うと、、、そんなことになってしまったらどうすればよいだろう。

ヤモリたちは、休ませるために入れたプラケースの底でおとなしくしていた。明日放すことにする。なんとか生き延びてもらいたいものだと思う。